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  • 執筆者の写真社長

ショパン 第267号

最近、作曲家のショパンが気になり始めています・・・気になり始めているとは今迄まともに聴いたこともないし、名前程度は知っていましたが、どんな曲を作ったかなど興味も薄くてまともには知りませんでした。聴けば、これかなあと思う程度でした。

私には音楽と言えば、アメリカのカントリーばかりでしたので、クラシックなど全く門外漢でした。

そんな私がショパンのピアノ曲がいいねと気付き始めたのです。きっかけは「別れの曲」という名曲で聴いていると、柔らかい音色で優しくてとてもリラックスできるのです。

「ソドシドレ ミミレミ・・・」で始まる旋律は私でも分かる音符で、しかも単音でした。こんな音符が並んだだけで、どうしてこんなにも美しいメロディーになるのだろうと不思議でした・・・

ピアノの詩人と言われるショパンが、これほどの音符で人の心に染み入る名曲を作れることに驚きました。ピアノの音色は奥深いと言われますが、すっかり魅了されてしまいました。


そこで、ショパンはどんな人物なのかと調べてみたら、生年月日は諸説あるようですが、たったの39歳で、しかも結核で亡くなっていました。お父さんはフランス人で、お母さんはポーランド人です。ポーランド出身ですが、フランスに住んだりもしています。恋人だったジョルジョ・サンドの名も有名です。兄弟には姉と妹がいましたが、妹はショパンより先に亡くなっており、ショパンは生涯に渡って妹のことが心に強く残っていたようです。お姉さんにも何かにつけ相談相手をしていたようです。


ショパンは世界中で人気のある作曲家です。文字ではSHOPINと書きますが、日本人ならショピンと読みそうですが、英語でもフランス語でもショパンと発音するそうです。ポーランド人はショピンと発音するそうです。

ショパンは世界中で最も多く演奏される曲だそうです。惜しまれながら、30代で世を去りましたが、これほど多くの名曲を残した作曲家も少ないのではないでしょうか・・・

正にピアノの詩人と言われる程なので、どこか詩的で女性に好まれるようです。恋人だったジョルジュ・サンドとの関係も難しい環境の中にあり、最後には破滅的な辛いものではなかったでしょうか・・・この別れの曲にはそのような心が描かれているように感じます。亡くなった後、ショパンの遺体はフランスのパリにある有名な墓地へ葬られ、心臓だけは生まれ育ったポーランドのワルシャワの教会の柱部分にあるそうです。当時のポーランドはロシアの圧政下にあり、ポーランドへ帰国すら困難だったそうで、その心臓を姉がドレスの中に隠して持ち返ったそうです。心臓を分けて埋葬するなど我々には驚きですが、この時代には稀にあったそうです。


先程、音符を書きましたが、私はピアノの音が数多ある楽器の中で一番好きです。一人で聞いていると、心の中に直接届きますし、音域の広さ、音量の豊かさ、高い音や低い音、強くキーを叩けば強く響き、軽く叩けば軽く響きます。和太鼓もそのように私は感じます。

ピアノは楽器の中でも重なった音が出せるので、音幅の広い大きな楽器だと私には感じます。88個の鍵があって、最終的には19世紀末頃に今の鍵数になったそうです。

調べてみたら、弦となるピアノ線はグランドピアノであれば、それぞれに1本~3本の弦が貼ってあるそうです。弦の合計数は全部で230本、一本あたり70㎏~90㎏の張力で弦を張ってあるそうで、総張力は凄い力になります。10トンを軽く超える張力だそうです。


私はピアノ程の素晴らしい楽器は他にはないと思っていますが、自分では弾けなくても音を聞くのは大好きです。しかし、人生には限りがあります。弾けるようになりたかったなあと悔やんでも、そのままだと人生はいつか必ず終わります。このことは他に対しても同じことが言えます。出掛けてみたかった所、食べたかった美味しいもの、この目で見たかった素晴らしい景色、そんなことは誰にでもあるかと思います。しかし、そう思っていても時間もお金もかかるので、多くの人はその願いを実現出来ずに人生を終える方が多いのではないでしょうか?・・・

たった一回しかない人生、いつか必ず死ぬのなら、やってみたいことはやった方が良いし、行きたいところへは行った方が良いし、食べたいものは食べた方が良いです。


随分前の話になりますが、テレビ番組のドキュメンタリーで病院のホスピスが紹介されたことがありました。病院に入院している患者さんの中でも、最後の余命を過ごしている人達の心のケアや最後を看取るまでの仕事です。

患者さん達は当初、どうして自分だけがそんな大病を患ったのかと、納得いかないというか

何で自分だけが・・・といった、激しい思いがあり、周囲に当たり散らしたり、人を責めたり、自身を責めたりする様子が映し出されていました・・・

しかし、幾ら、世の中や世間や他人や自分を恨んでも、現実は何一つ変わらない訳です。

そんな中で、ホスピスは諦めずに辛抱強く患者さんを支え、生きている最後の時までやりたかったこと、思い残すことをやり遂げるようにと勧めるのです。すると、患者さん達は思い思いのやりたかったことをやっておこうと、色々なことにチャレンジし始めたのです。

絵を描いたり、楽器を習い始めたり、歌を歌ったり、娘の結婚式を生きている内に見たいと病院内のチャペルで何人かだけで式をやって貰ったり、生きている内に出来る限りの命を生きていました・・・そんなエネルギーが最初は違った人達に湧き起こったのです。その結果、死を恐れ、周囲に当たり散らしていた人達が、人が変わったように安らかに死を迎えられたのです・・・


この放送を見た時に義母もそこに入院していたので、どこか分かるような気持ちになりました・・

今、私自身が同じように加齢を重ね、同じような心境になりつつあるように思います。

生きている内にやりたかったことは、出来る限りやっておこうと思い始めました。

冒頭のショパンの曲も同じことです。何故、人がこの作曲家の曲が美しいと言われるのか、少しだけ分かって来たように思います。聴けば分かることなのです。

知らないからこそ言えることですが、別れの曲の出だしなど格別に難しい譜面でもなく、私でも弾けそうですし、曲も作れそうな感じがしますが、やはり出来ないと思います。どうしてこんなに美しい旋律を生み出せるのだろうかと思います。それこそ、天が与えた才能だと思います。ショパンも生まれながらの才能を小さな頃から30年以上も続けて磨いていた訳ですか。だからこそ、一日に何時間も弾き続けること自体、余人には出来ない凄いことなのだと思います。


先程も言いましたが、人生にはやりたい事がいっぱいある筈です。

全部が実現できれば最高ですが、その中の一つでも実現出来れば、その分だけ幸せが実現します。今はそうじゃない状況でもそんな夢とか目標を持って生きていきませんか?

頑張っていれば、いつか実現出来ると信じていましょうよ。

そんな生き方が自分の支えにもきっとなります。

人間は目を前方を見るように作られています。

首だけ回して後ろを見ることは出来ません。

つまり、後よりも前を向いて進むように出来ている訳です。頑張りましょう。

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