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  • 執筆者の写真株式会社ビジョンクリエイト

テレワークの勧め 第224号

先月のコラムに書きました新型コロナウイルスの影響で、小中高校の休校や職場の自宅待機、商業施設の休業や各種イベントの中止など、人の集まる場所やその回避策が話題になっています。 特に、働く人にとってこの状況は深刻で業績に直結する以上、何らかの支援がなくては景気の悪化も避けられないほど長期化しつつあると思います。 人間の自制心と我慢強さが試されているばかりか、これといった対抗処置がないとも感じます。

結局、出歩かないで新型コロナウイルスが沈静化するまでひたすら待つことが一番の対策のようですが、世代や職種によっては困難なケースもあり、時間がかかるのも仕方がないと諦めるしかないというのが人々の真意ではないでしょうか・・・ 特効薬でも出てくれば状況は一変するでしょうが、今は長期戦になることを覚悟した方が正しいと感じます。

長期戦を前提にウイルスにかからない様アルコールで手や指を洗い、うがい、マスク、栄養と睡眠に注意し、怪しい場所(人が密集する所、風通しが良くない所、人との会話が近いの所)には出かけずに、むやみにいろいろなものにも触らず、息を殺して時が過ぎるのを待つことが最上のようです。 それが最大の防御法に思います。 しかし、一点だけ不思議なのは国や自治体の偉い方がマスクもかけず、記者会見する姿は道理に叶っていない不思議さがあります。すぐにマスクを掛けて会議や記者会見はすべきです。

私が注目するのは、こんな状況下でテレワークへの関心が急速に拡大している点です。 テレワークとは自宅で働く、携帯通信機器を利用して働く、本来の職場ではない場所にサテライトオフィスを設置して働くことです。 元々は大手企業から始まった働き方ですが、柔軟な働き方や人材確保に有効なアピールですが、今は新型コロナウイルス対策の一つで注目されています。 導入する事業所が確実に増えていることは確かです。 特にIT関連企業、一般企業のIT部門には多いと思います。

当社ではフレックス制も導入していますし、ホームワークも導入しています。 今回の騒ぎにより、急速に注目が高まったテレワークですが、私はもっと大きな取組みとして捉えていきたいと考えています。 それは日本のIT企業のあり方にも関係する大きなテーマであり、働き方を変えるテーマでもあります。 徐々に実行に移し常態化させ、社内への定着を図り、事業のあり方さえも変えていきたいと考えています。 反面、私自身の中には将来への意思と矛盾するのですが、疑問の気持ちも混在しています。

それはこのような新しい働き方を導入すれば、仕事の成果をどのように評価するのが適切なのか現時点では明確に分からないからです。 日本人は永い間、労働を精神面と同化させて来ましたし、会社組織でも活用して来ました。 労働とお金は直接、関係は薄いといった精神文化すら築いて来ました。 テレワークとして自宅にいても、喫茶店にいても、上司が誰も見ていない場所にいても、正確な仕事の成果を測れるのかといった疑問が残るのです・・・ 結果で判断したら良いと言う人もいますが、計画自体がその人の能力と釣り合っているのかさえ評価出来ていないのに、どうしてその結果だけで判断できるのかと思ってしまうのです。 こんな意識が私の中には永くありました・・・

アメリカ人のミーティング風景や展示会での熱心さを経験すれば、日本人の私には「よくもこんなに集中して話したり行動したり出来るなあ」と感じてしまいます。 正直なところ、日本人には真似のできない集中力です。 その上、各自の意見や考え方が違うのです。 こうなって来ると、新しい企業価値を目指すことや社員の働き方や労働観を変えることがどれほど大変かという気持ちになるのです・・・ かの松下電器の松下幸之助氏がアメリカから帰国した後、週休3日制を唱え始めた意味がよく分かると思います。 アメリカ人のビジネスはタフで強くて日本人には勝てないと思いました・・・

それでも日本人は少しづつ変わり、今では出世したいとか、金持ちになりたいとか、そんな目標を掲げる人は少なくなりました。 今では働くことは二次的価値となり、人生観や家族観が人生での一次的価値になっています。 働くことは大事ですが、それ以上に人としての幸せを追求する時代になっています。 日本は製造業の国として高い評価を得ていますが、情報社会では製造業と同じ働き方でなくてもいいのです。

学校での考え方や企業での教育にもそういった変化が必要なのです。 集合的で画一的な考えややり方を尊重し、優先し、個人の価値観や考え方を潰してはいないかという点も変わっていくと思います。 「個」を重視した働き方へ変化していかないと、独創的で高い独自性や情報価値は生み出せないと思います。 自己表現が重要であり、自分と異なる考えや価値を認め合う社会や企業にしていかないと、もの作りから次なる社会へ移動することが厳しくなります。

以前、アメリカのグーグルでの働き方を本コラムで紹介したことがありますが、企業がそうならば大学も同様で、個性と自由が認められ、自立した活動や成果が重要な評価になっています。 日本の大学はまだまだ集合教室の授業で進められていますが、これも見直すことをすべきです。 アメリカの大学では医学部の授業料が免除されたり、授業は教室ではなく、教授と学生がPCとネットワークを使って海外にいる学生とリアルな討論形式で授業が進められていたりします。 こういった大学にはファインダーという金銭的事業支援を行う協力者もいます。 教育が固定化しておらず、自由闊達に変化しているのです。

更に、教授は学生の考えや疑問に対し疑問や質問を投げかけたりと、10年前に流行したハーバード大学のサンデル教授の白熱教室を思い出させるようなスタイルで行われています。 サンフランシスコに本部のあるミネルバ大学では、授業料が他有名大学よりも安く、多くの秀才が世界中から学びたいと高い難関にチャレンジして入学して来ます。 この大学では4年間で世界の主要7都市に滞在して暮らしながら課題と取り組んでいます。 この大学がまだ10年も経っていないのに世界中から賞賛されています。

仕事の成果という問題から外れたように思うかもしれませんが、私はこの大学に成果の本質を垣間見たと思います。 一つのテーマを与え、このテーマについて学生は自主的に自由に自ら考え、自ら主張を述べるのです。当然、複数のクラスメイトとは討論の場で協議することになります。 担任教授は先頭を走るのではなく、学生の話を聞き、助言や質問を投げかけ、学生に異なる意見や質問を行い、より高くて広い見識を求めるのです。 答を求めるのではなく、学生の考えやその内容を評価することが大事だと評価するのです。

企業である当社では、勿論、営利的な成果も求めますが、自発的に行動し、どう関わっていったかを評価するような経営姿勢で成長させたいと思います。 それが結局、最も高い成果を生み出すことになるのではないでしょうか。 経営者はそれを企業の事業方針や計画にすればいいのです。 ああしろこうしろではなく、学生の自主性を重んじた目標設定と同じでいいのです。

アメリカや西洋諸国では成果に関する考え方も進んでいて、複数の会社に所属しながらモバイルワークで高い生産性を上げている人達もいます。 この流れは働き方のみならず、学業にも表れており、大学の授業など校舎ではなく自由な場所で担当教授とPCを使って授業を行う大学も結構出現しています。

今回のテレワーク導入を一過性の会社取組みとは捉えず、事業のあり方や価値変化への対応、社員の働き方や環境との共生なども含めて考えると、高い人間の知性が発揮されることになります。 どこまで何が出来るか分かりませんが、こういった模索を重ねながら、当社の理想像を追い求めて進みたいと改めて思います。

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