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九州新幹線 第32号

去る3月13日(土)に、鹿児島中央~新八代間に最新の九州新幹線「800系つばめ」が開通しました。 開通とは言っても最終的な博多までの開通はまだ7,8年後だそうで、地方から開通した珍しい話だと思います。 何やら世間では経済効果よりも出身政治家の力が働いたと噂されているようですが、地方都市にしてみれば、それこそ最先端技術が現実になったのですから、大騒ぎです。

過日、この新幹線に乗車する機会がありましたので、その感想を疲労したいと思います。 まず、駅名が開通当日から変わりました。 以前は「西鹿児島駅」という駅名だったのですが、新幹線が走ったその日から「鹿児島中央駅」と改名されました。 「鹿児島駅にどうしてならないの?」と思われる方もいるでしょうが、実は「鹿児島駅」は今でも別の駅として存在しているのです。 現在は貨物中心の駅になってしまいましたが、市内北方に、かつては鹿児島を代表する駅だったのですが、市街地化の波が南の方へと移るにつれ、次第にさびれてしまい、今やその存在すら知らない人もいるような駅になってしまいました・・・ かつては日本一長い時間を走る特急電車(特急富士)も走っていた駅なのです。 こんな歴史があって、現在の「鹿児島中央駅」は「西鹿児島駅」と命名されていたのです。 市民には永い間、「西駅」と愛称されていました・・・

九州新幹線の始発駅に「西鹿児島駅」ではピンとこないという訳で西駅は鹿児島中央駅に生まれ変りました。 駅ビルは真新しく高くなり、ホテルも直結し、直ぐ横に立体駐車場まで出来、しかもJR利用者には料金割引までしてくれるサービス振りなのです。 私も4時間ほどレンタカーを停めていたのですが、500円と言う安さでした。 また、そのビルの屋上には今秋、大きな観覧車まで完成するのです。 こんなJR駅、全国のどこかにありますか? こんな訳で、鹿児島にとっては一大事なのです。

さていよいよ、その800系新幹線(フル規格)の話に移ります。 そもそも、何で新幹線に乗ったかというと、実は息子の望みを叶えたのです。 2歳の息子は鉄道好きで、休日には新大阪駅へ新幹線を観にいったり、近くの歩道橋から運転手に手を振ったりして遊んでいるのです。 (ここだけの話ですが、電車よりも貨物列車の運転手さんが愛想が良くて、手を振ったり、音で返してくれたりします。大阪地下鉄もなかなか愛想がいいです) 新幹線だけではありません。特急、貨物列車、地下鉄、民鉄などを区別して、車名を言えるのです。(大人の私には何故そんなことが分るのか理解できない) 今回は故郷であり、航空機の超割引もあって、この時期に帰省した訳なのです。

「つばめ」を観た第一印象は正に「モスラ」そのものでした・・・ 先頭部分が実にそんな感じなのです・・・ それなのに実に綺麗なのです! 当たり前ですが、まだ一ヶ月しか走っていないので新車の匂いがプンプン~ 大阪や東京などを往復している新幹線とはまるで違います。 都会の新幹線はビジネス専用、こちらは観光専用+ゆったり楽しむ専用なのです。

まず、列車ですが、 ・シートは各車両で柄や色が異なっている上、ヨーロッパ調の感じ ・背もたれは木製、カーテンは木製の細いすだれで和風感覚 ・トイレは広くて綺麗、しかも障害者専用トイレもあります ・座席は横に最大4座席で通路も広々、障害者向けに1座席のシートもある ・前後の座席距離が長く、ゆったり足を伸ばせる ・下りに団体客が多い

次に、列車自体の印象ですが、 ・揺れや加速感が少なく、乗り心地が良い ・真っ白な車体に屋根が赤茶色で、なかなか粋な感じ ・半分以上がトンネルで外景を楽しむには不満 ・車内で弁当を食べる時間が足りない位、直ぐに到着する

それから駅舎ですが、 ・鹿児島特産品が多く、県外者には興味津々 ・各種銘柄で焼酎の無料試飲コーナーがある ・駅弁が充実していない。味も今一で、ご飯も美味しくない

まあ、我が郷土ながらこんな感じです。 兎に角、宣伝が下手、商売が下手 大阪人だったら、もっと上手に商売をやっていると思います。

最後の話になりますが、採算がどうのこうのと言われることは必死っだと思います。 が、博多をつながれば、それこそ大阪と直結する感じがします。 そうなると、約5時間でいけるのです、戻れるのです。 これはもう、無限の観光資源がある鹿児島ですので、大変なことになります。

温泉もそこらじゅうにありますし、食べ物も色々あります、自然も有名人も沢山あります。 そんな鹿児島に皆さんも是非、「おじゃったもんせ」

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学