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叱る、叱られる 第6号

世の中でよく、こんな話が聞かれます。 「叱られるのは見どころがあるから叱られるのだ」とか、「叱られなくなったらもうその人から諦められている」とか。

最近、大人が社会で叱ることが少なくなりました。それどころか、自信をなくし損得の話ばかりで物事を判断するようになってしまいました。 損得で叱ることを考えると、エネルギーも必要になるし、相手に理由が分かるように説明しなければなりません。これだけ、世代間の価値観が 違って来ると、叱っても場合によっては全く通じない言葉になってしまいます。 我々の世代には若い頃「よく頑張るね」とか、「根性があるね」などと云われると褒め言葉でしたが、今の若い人達には「個性的だね」とか「面白いね」とか云われるほうが、褒め言葉なのかも知れません。

しかし、私は世代や時代に関係なく、人間として不変の共有出来る言葉や感情があると考えています。 幾ら時代が変わろうが、生活が豊かになろうが、仕事の形態が変化しようが、人間としては大して何も変わっていないのではないかと考えています。 普通の人であれば、嬉しい時や面白い時には笑い、悲しい時や苦しい時には泣くものです。 人間にとってこのようなことは、そんなに変わってはいないばかりか、むしろ機会が減って来ていると思います。 つまり、感情ではなく、理性や計算で判断し行動することが、より正しいという社会になって来ているのではないでしょうか。 心というものが軽視され、苦労を避け、より短い時間でより多くの得を追い求める社会になって来ているように思います。

私はいろいろなことで実によく叱ります。 社員は勿論のこと、初めて会った人にですらよく叱ります。人を叱ると同時に自分にも叱ります。 「あーあ、自分はまだまだ何も出来ないダメな人間だなあ」と、つくづく嫌になってしまいます。 先日、こんなことがありました。 A君という24歳の若者が当社に面接に来ました。大学卒業後、金属関係のメーカーに技術職として入社し、2年目のどこにでもいそうな若者でした。良く喋るし、明るいし、積極的な印象を受けました。 しかし、何故、転職したいのか、当社のようなソフト開発の会社に何故入りたいのか聞いている内に、私はどこかおかしいと感じていました。 それは、今いる会社を辞めたい理由が、誰に何を言っても良くしようと対処して呉れない、社長すら黙っているだけで見て見ぬ振りをしているというのです。こんな会社にいても、将来に何も期待できないし、何も変わらないと言うんです。その上、当社に来たい理由は「未経験でもいい」と書いてあったし、最近、趣味で作成したプログラムが動いた時の喜びが大きかったのでということでした・・・

私は聞いているうちに段々と腹が立って来ました。 自らは何もしないで言うだけのタイプです! 相手や周りが自分にとって都合が良い方向に変わるのが正しい、変わるのが当然といった態度に思わず大声で怒鳴っていました。 「そんな人間、当社は要らない。言うだけで何もしない。トコトン自らが関わりあって、少しでも具体的に変えることなど考えてもいない。 ましてや、趣味でプログラムを作って動いた位で、喜びを感じたなどと分かった様なことを言うな。我々は仕事としてやっているんだ。 好き嫌いでやっているのではない。 お客様の大切なお金を代価として頂いて、お客様が喜んでくれるシステムを作ることが使命なんだ。 地道で泥臭いことが当たり前で、ちょっと言った位で、ちょっとやった位で何かが変わるなどあり得ない。そもそも何の為に起業したのか 分かりますか?・・・ 利益を出す為?・・・ そんなことじゃない! 人生は一回しかないんだ! 命も一つしかないんだ! 五体満足に生まれて、人並みに幸せなことに感謝も出来ない奴に何が出来るんだ! 世の中や人様のお役に立てるようになることが目的なんだ! 回りの人達に対し感謝や謙虚さもなければ、自らが率先して行動することもやり続けることもしていない者が、そんな聞いたようなことを言う資格などない! 君はただ嫌で逃げ出そうとしているだけではないか! 問題や障害と戦わずして何がやるべきことはやったんだ!」・・・・・・・・ 「今は気持ちがどっかに行ってしまっているから、そんなことを考えるんだ。2、3日、冷静によく考えて、それでもやるべき事はやった、それ以上にパソコンをやりたいから来たいというのなら、その時に相談しよう」

約1時間半、こんな調子で叱り続けていました・・・・ 最初は、これだけやったのに何でこんなことを言われるんだと思っていたA君の表情が、次第にうつむき加減になり、視線はどこかに忘れてしまったようになり、段々と威勢のよい印象がなくなって行きました・・・

それから、3日位してA君から電話がかかって来ました。 明るい声でこんなことを言って来たのです。 「あれから言われる通り2,3日考えてみました。それで今の会社に残ることにしました。 社長さんが仰る通りだと気付きました。 変かも知れませんが、本当は嬉しかったんです。叱られることなど今の会社でもないし、親からでも最近はありません。今の会社で一生懸命にやってみます。やってみてそれでもやっぱりシステム開発がやりたいなあを思った時には連絡します」と・・・ 私は素直にこう答えました。 「それは良かった。やるべきことをまずはトコトンやってみて下さい。やるべき事は幾らでもあります。大層な事でなくてもいいんです。実は目の前に幾らでも転がっているんですよ。その上でどうしてもシステム開発がやりたいという気持ちが強いなら言って来て下さい。その時こそ真剣に相談に乗ろう」

最近の大人は他人を叱りません。叱るどころか大人なんだからなどと言う人すらいます。 頭で人は変わらないと思います。心で人は変わるものだと思います。 叱るには大変な勇気が要りますし、叱った以上は自分のことを問われます。 私はよく初対面の人と面接すると、よく泣かしてしまいます・・・・(後で後悔することも多いですが) きっと、その人の満足していない人間的な部分に触れるからだと考えています。 私は本来、人はそれぞれ素晴らしい可能性を持っていると考えています。 能力などは知れていると思っています。 志や目標や夢を持っているかで、その可能性が引き出されるのだと考えています。

私も多くの方からよく叱られます・・・ ある時などこっぴどく叱られて、東京から大阪までの新幹線の中でずっーと、自分がどういう人間なんだろうと、紙に自分の関わって来た友人や家族や知人や上司などの人間関係を絵にして、考え込んでいたことがありました・・・(この方法は意外と簡単に自分がどんな人間関係の中にいるか分かります) その時に足りないなあと痛感したのは「感謝」や「謙虚さ」や「素直さ」でした。 人間、他人様のことはよく見えるけれど自分のことは本当によく見えないのです・・・ だから、人様から叱られた時はそれが本当の自分の姿だと思うことにしています。

叱られることは多くても、叱ることが少ないのが今の大人です。 自信を無くしているというより、人間というものを余り考えなくなって来ているのではないでしょうか?・・・ 人間などと面倒なことより、ものやお金に価値観の基軸が置かれ、軽視されているのではないでしょうか?・・・ 人間はものやお金だけで幸せになれるのでしょうか?・・・

生まれた時は何も持っていませんし、死ぬ時だって何も持っては行けません。 この世の栄華を極めた人でさせ全く同じだと思います。 大切なのは死ぬ時に、幸せだったなあとか、頑張ったなあとか、思えるかどうかだと思います。 誰だって望んで悔いなど残して死にたいと思うでしょうか?・・・

叱ること、叱られること・・・ 人が成長する為に大きな栄養になるものだと思います。 叱られなくなったら、それこそ大成しているか、誰からも相手をされなくなった時ではないでしょうか・・・ 一生叱られて、それでいいんだと思います。 だから、これからも社員を叱るし、私も社員から叱られると思います。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学