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  • 執筆者の写真株式会社ビジョンクリエイト

無頓着な雑音意識 第72号

我が家には時折、真夜中に暴走族らしき車輌の騒音が聞こえて来ます。 住んでいる場所が新御堂に近いせいか、通常の騒音には慣れきってしまい、別段これといった感じではなくなりました。 住んでいる目の前が新御堂につながっている道路ですので、昼間でも窓を開けておくと日常生活にも支障がある程うるさいところなのです。 つまり、車の騒音と排気ガスに取り囲まれて生活している訳です。

慣れてしまうとは恐ろしいもので、そんな環境でも余り何も思わなくなってしまいましたが、それでも時折、何てうるさいのだろうと気になると、寝つきが悪くなったり腹立たしくなったりすることもあります。

ところで、日常生活の中での「音」というものには、心地よい音とそうではない音があります。 前者は、人の気持ちをリラックッさせ気分を落ち着かせ楽な気分にさせてくれますが、後者はこれはもう神経が高ぶり、気分が落ち着かないばかりか怒りに近い感情まで感じてしまいます。 更に後者には、慣れさせられてしまって何とも思わない音(雑音と私は称します)が、 私達の周りには何と多いことかと気付かされます。 少なくとも普段は、それほど何も感じないのですが、考え出すと騒音みたいで心地よい音ではなく雑音だと私は分類しています。

その雑音例を挙げてみます。 ● 大型スーパーでの店内音楽 →客をゆったりさせないボリューム大きめの曲が間断なく流されている ● 同上での販促用エンドレステープ →肉の唄、特売商品の案内、記念日の案内 ● 大型家電ショップの店内音楽 →大音量の自社ソングの連呼、外国人向け販促文言 ● 駅構内の過剰すぎる各種案内 →行き先の連呼、白線の内側までの連呼、痴漢やマナー高揚の車内放送 ● 選挙期間中の街宣車 →候補者のボリューム一杯の連呼 ● 公共の場所での子供の嬌声 →親がいても言うことを聞かない、人に迷惑を掛ける ● 電車内での音楽イヤホンや携帯電話のゲーム音 →音量は小さくても気になるのが車内環境 ● 街頭での親切過ぎるキャッチセールの防犯連絡 →音も大きく何度も何度も同じで効果は疑問 ● 銀行内での案内係の連呼 →いらっしゃいませ、有難うございました連呼のサービス

まあ、ざっと雑音だけでもこれ位は出て来ます。 このような音は明確な騒音でもなければ必要なのかも怪しい「雑音」だと思います。 海外と比較してみるほど渡航回数が少ない私ですが、それでも街中での生活雑音については思うことがあります。 シドニーとニューヨークで乗った電車や地下鉄では「列車案内」の構内放送の回数は必要最低限だけで、日本人には少ないなあと感じる(1,2回だけ)回数でした。 しかし、駅構内は静かで落ち着いており、日本の駅構内のようにザワザワしている感じがありません。 どこか人間中心の感じがしました。

更に、到着する電車の案内も短く行き先とホーム番号程度で、白線の内側までお下がり下さいとか、発車間際のかけこみ乗車や携帯電話マナーや痴漢防止を連呼することもありませんでした。

自己責任じゃないですが、海外では本人責任という印象を持ちました。 スーパーにも出かけたことがありますが、店内は静かで落ち着いていて、ゆっくりと買い物が出来ました。日本のようにどこか追い立てられているような店内放送や音楽はありませんでした。 また、空港内でも向こうの子供達は実に躾が見事で、日本の子供ように退屈してあちこち走り回ったり、何か飲みたいとか食べたいとかダダをこねたりは見ませんでした。 親の横に大人しくキチンと座っていました。 公共の場で、人様に平気で迷惑になるような日本の子供達と躾のされ方が違っていることは確かだと思います。 正に、訓練された愛犬のような公共マナーなのです。

公共マナーということでは、概してアジア諸国はレベルが高くないと思います。 エベレスト山の麓には、ゴミが一杯凍りついているそうですが、そのゴミの大半は日本や韓国の文字が入ったゴミだそうです。 ヨーロッパのゴミは少なく、持ち帰って行く人が殆どだそうです。 ここらあたりが人の見ていないところでの真のマナーレベルが表れていると思います。

日本でも道路に捨てられたタバコや中央分離帯のある幹線道路の信号付近には、弁当やコンビニの袋、或いはジュースの空き缶など、当たり前のように捨ててあります。 タバコと言えば近年、女性に顕著な悪い傾向が見られるようになりました。 男性の前でも、平気で大胆になって来ているようにも思います。 ● 自転車に乗りながらくわえタバコのOL ● 歩きながら幼い子供の横で吸っている若い母親 ● 信号待ちでタバコに火をつけるOL ● 道路に平気でタバコを捨てる中年オバサン ● 昼休みに一斉でプカプカやっているOL

今回の話の本題は「騒音」に関してですから話を戻しますが、この辺の話はみんな根本は関係していることだと思います。 それは損得優先の価値観が背景にあるのではないでしょうか?・・・

何か迷惑かけた? 関係ないでしょ? 自由だからいいじゃないの?・・・こんな感じです。 自分が楽になる、自分がやりたいことをやる、といった価値観の根底には他人様のことは優先度が低いのです。 ところが、公共マナーは他人様が優先される価値観です。 この点が正に、決定的に今の社会では大切にされていないのです。

全てがそうではないかも知れませんが、個人主義だの自由主義だのと言う割には、底の浅い主義のように思えて仕方がありません。 先ほど言いましたように、個人主義の最たる西洋諸国では公共マナーが高い確率で守られています。 ドイツなどはその典型だと思います。

私がシアトルに行った時、向こうでは住居用不動産は駅から遠くて、自然があって、何もなくて、静かな環境の方が、価値が高いとガイドさんが話していました。 日本では駅に近くて、周辺に買い物できるお店があって、便利だと高いでしょ?とも言われました。 結局、日本では周辺がうるさくても地の利が良ければ価値が高く、地の利が悪ければ安いのです。 シアトルでは、遠くても不便でも、静かで自然に恵まれている方が価値が高いのです。 不便と言っても、向こうは一週間に一度買い物をすれば済むような生活スタイルですので、それも言える訳です。

騒音問題は所謂、車や航空機の騒音問題とは違い、日常生活の中で気付きにくい騒音です。 「静かなスーパーがあっても。いいじゃないですか、自社ソングを連呼しない静かな大型家電量販店があっても」と、私は思います。 雑音の多い現代社会です。逆に、静かで落ち着いた環境を提供してもお客様に喜ばれるのではないでしょうか? 現に、具定例もあります。 タバコも原則は吸えない、音楽も全くしない、それでいてゆったりしている外国系コーヒーショップはその典型ではないでしょうか?

最後になりますが、改めて自分の周りの雑音や公共マナーをチェックしてみて下さい。 一人一人が少しでも改善してくれると、随分と世の中は快適になります。 そんな小さなことをこれから試してみませんか?

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