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義母を悼む 第50号

  • 2005年11月1日
  • 読了時間: 5分

更新日:2022年3月18日

この原稿を書いている僅か10日ほど前に女房のお母さんが亡くなりました。 享年69歳、あとひと月で70歳になる直前でした。 以前から患ってはいたのですが、目に見えて悪くなったのはこの1年余りでした。 義父が亡くなってから2年、短い期間での出来事でした。 人は身近な人やいつも傍にいた人がいなくなると、心の支えや張りがなくなるのか寿命にすら影響するようです。 兎に角、長寿大国ニッポンとか高齢化社会の現状からみると、若過ぎる年齢でした。

以前、本コラムで「家族が増えました」と紹介したことがありますが、当時は我が家に同居していました。 地元より都会の病院の方が情報も多いだろうし、最新医療技術も進んでいるだろうからと、地元から連れ出して来て入院治療を受けました。 一時は危ないと医者から言われたこともありましたが、驚くほど病状も落ち着き、体調も回復し、そして退院しました。 その後は我が家から時々通院すれば良いまでに回復しました。

そんな矢先にお母さんは体調も良くなったし、実家もほったらかしだし、風も入れなければと言って地元に帰ってしまいました。 それから一月程度後、衰弱して倒れ入院したという連絡を受けました。 それがこの7月でした。 その後はずっと、入院となり、遂に一度も実家に帰れないまま亡くなってしまいました。 さぞや、帰りたかったことと思います・・・

入院後は見舞いに行く度に、頑張ろうねと声をかけていました。 お母さんは元気だと思える日もあれば、逆の日もありました。 頑張って欲しい、元気になって欲しいと願いながらも、病気が良くなることはないことも 感じていました。 それでも、せめて1年でも、2年でも生き延びて欲しいと心から願いました。 周りの人のために苦労ばかりして働いたお母さんでした・・・ 余りにも可哀相だと思いました。

お母さんが亡くなった後、私達が大阪へ帰れば実家は無人となってしまいます。 だから、当初から遺骨をお寺に預けることに決めていました。 実際に、遺骨になった日に初七日のお経もあげて貰い、遺骨を預けて来ました。 そして、実家まで戻って来たのです。 しかし、車から降りようとした時に女房がポツリと言いました。 「お母さん、可哀相・・・ずっと入院をしていて退院することもなく死んだのに、私達はすぐにお寺に置いてきてしまった。今頃、お母さんは暗く冷たい本堂の中に一人ぼっち・・・ せめて、やっと帰って来たのだから、ここに私達が残っている間は何とかしましょうよ」と。

女房も私も喪主ではありませんが同じ気持ちでした・・・ 二人で今から取りに戻ることにし、暗闇の中をお寺まで車を飛ばして行きました。 着いてみると、本堂は灯りも消え真っ暗でした。 生憎と住職は出かけた後のようで、留守の方にお願いして、あれこれ電話やお寺の関係者に来て貰い、やっとのことでお母さんの遺骨を探し出しました。 私達は安堵して実家に持ち帰りました。 家に着くと直ぐに、写真と位牌と遺骨と花で祭壇を作りました。 そして、お母さんへ心から謝りました。

それから、次の日も、その次の日も私達家族はお母さんと一緒に動きました。 お母さんはアルコールが好きだったので、次の日に居酒屋に行き、一緒に飲んだり、評判の蕎麦屋に食べに行ったりしました。ここでいう、お母さんとは骨壷なのです。 小さな声で語りかけ皆で乾杯をしたり、一緒に楽しみました。 さぞや、とても、喜んでくれていたと思います。 同時に、私達も幸せな気持ちでした。 本当なら悲しい場面なのでしょうが、不思議と楽しい気持ちでした。 病気の苦しみから解放されたお母さんのいかにも嬉しそうな表情が心に浮かびました。

偶然にも今日は、そのお寺近くのお墓に納骨する日となりました。 お母さんは今日からお父さんと一緒です。 我が儘なお父さんでしたが、それでもお母さんは喜んでいるのかも知れません。 実家に残っている女房と子供達は、昨晩、お母さんと一緒にいられる最後の日だということで、遺骨や位牌を部屋に持ち込んで一緒に眠ったそうです。

人は命ある限り、いつか必ず死にます。 どんなに偉い人でも、どんなにお金持ちでも、どんなに長寿の人でも必ずいつかは死にます。 お経を読んでくれたお坊さんがこんな話をしてくれました。 お釈迦様が人間に臨んでいる最も強い願いが「無常」なのだそうです。 お釈迦様が3人の弟子に「無常とは何か?」と聞かれたのだそうです。 最初の弟子は、今日ある命が明日にはないかも知れません。これが無常ですと。 2番目の弟子は、朝ある命も夕刻にないかも知れません。これが無常ですと。 最後の弟子は、今出た息さえもう2度と戻っては来ません。これが無常ですと。 お釈迦様は3番目の弟子の答えが無常だと答えられました。 その意味する心は「感謝」だそうです。 この世に一瞬たりとも確たるものなどなく、全てに感謝することが大事なのだそうです。

私は私なりにこう思います。 人間にはどうしても欲や我や本能がうごめきます。 その際たるものは生への欲だと思うのです。 しかし、それは何人にも次の瞬間すら保障されたものではありません。 突然倒れるかも知れませんし、事故に遭うかも知れません。 今という瞬間全てに対し感謝する気持ちが大事なのだと言われているのだと思います。 つまり、善きことを行なえば、善き結果が生まれ、周りも幸せになれる。 利己中心に生きると、自分は良くても周りはそうではない。 生きている間はそのまま騙し通せても、死後に魂の世界があるとしたら、そこで初めて この世とあの世でプラスマイナスされて、帳尻が合わされるのではないかと思うのです。

感謝し続けることは本当に難しくなかなか出来るものではありません。 人はうまく行かないと人をなじったりすることもあります。 原因は相手にあり、自分は決して悪くはないと主張する人もいます。 この辺が次なる階段へ進めるか否かの分岐点なのかも知れません。 この世は仮の世で、修行の場であり、精一杯生きること、汗水流して働くことが大切なのでは ないでしょうか。 最後になりますが、お母さんの冥福を祈りたいと思います。 感謝。

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