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  • 執筆者の写真株式会社ビジョンクリエイト

義父を悼む 第27号

今年は私にとって災難がやって来る年のようで、最近も大きな悲しみ事がありました・・・ 先月11月に福井の義父が亡くなりました。 平均寿命から観ても、もう少し長生き出来る筈でした・・・ お義父さんは、正義感も強く、我が儘で、好き嫌いもハッキリ、酒が何より大好き、タバコも大好きな人でした。 手術当日の朝も病院の外でタバコを吸っていたそうです。 以前、喉頭ガンで手術したこともあり、再発したら命がないと言われていたのですが、それでもタバコを吸ってはウガイを繰り返している、そんな我が儘な人でした。 仕事は引退していましたが、新聞社に勤めていた為か書き物が上手でした。

そんなお義父さんに心臓近くと胃の近くに動脈癌が2箇所もあることが分り、手術した方が良いとの医者の勧めもあり、今回の手術に踏み切りました。 動脈癌とは分り易く言えば、血管にコブ(癌)が出来、症状が進むと破裂して直ぐに死に至る危険な病気なのです。 コブは大きくなると5センチ以上にもなります。 原因としては動脈硬化や高血圧、タバコも原因の一つになるようです。 そんな怖い病気ですが、手術の危険性は10%程度と聞いていましたので、ある程度、安心していました。 事実、容態が急変した後でのお医者さんの説明でも同じことを言っていました。

手術は11月11日の午前10時から5,6時間で終わると聞いていました・・・ しかし、予定の倍近くかかって夜に終わりました。 家内は手術が終わったら我が家に電話して貰う約束をお義母さんとしていた為、連絡がないので随分心配していました。 帰宅した私に「とても心配だ!」「そんなに手術に時間がかかるとは聞いていない、きっと何かあったんだ」と言っていました。

そして、夜9時半過ぎに我が家の電話が鳴りました・・・ お義母さんから今、手術が終わったところという内容でした。 手術後は面会が出来ないので、お義母さんも疲れ果てており、家に帰って眠ってから改めて翌朝に様子を見に行くとのことでした、 それでも家内は、きっと何かあったんだと心配するので「今から車で一緒に帰るか?」と聞くと即座に「心配だからそうしてくれると助かるわ」と言いました。

食事を途中でやめ、直ぐに支度を始め、一時間後の10時半に家を出ました。 名神吹田インターに入ろうとしたら「吹田~栗東間は工事で全面通行止め!!」 仕方なく一号線で京都に出て、湖西道路を通って敦賀で北陸自動車道に入り、実家に着いたのが午前3時過ぎでした・・・

実家に着くと熟睡しているお義母さんを起しては申し訳ないと思い、来たことも告げずに玄関を開けて中に入り、私達も布団を敷いて寝ようと思いましたが、さすがに黙っていてはビックリするだろうと思い、来たことだけを伝えようと部屋に家内が行ってみると、お義母さんが恐怖の表情で立っていたそうです。

真夜中に家の中をスリッパで歩く音や人の気配がするのでお義父さんがタクシーに乗って帰って来たと思ったそうです。(実際には有り得ないことなのですが性格はそんなお義父さんでした) まさか、手術したばかりで麻酔からも醒めず集中治療室に寝ている人間が、タクシーに乗って帰ってくる訳がありません。(後々、そう思ったのは何かを知らせる前触れだったのだろうと言っていました)

翌朝(正確には当日)7時前に病院に行ってみると、お義父さんは麻酔から醒めておらず、体中に色々な器具を付けられ眠っていました・・・ 担当医が「夕方の面会時間には麻酔から醒めて、意識も戻っているでしょう」と話しました。 それで、私達も安心して家に帰り、一眠りして出直すことにしました。 何せ、殆ど眠っていなかったので目が痛かった・・・

それからそれ程時間が経っていない頃、電話が鳴りました。 先ほど担当医から「事態が急変しているのですぐに来て欲しい」とのことでした。 それが10時頃でした・・・ 直ぐに駆けつけ、担当医から説明を聞くと事態は急激に思わぬ段階になっていました。

1. 血液が止まらず、どこがそうなのか正確には分らない。 2. 内蔵に血液が回らず徐々に悪いデータが出ている。 3. 脳波が殆ど取れなくなっている。

この話を聞いて、怒りにも似た憤りが湧き上がって来ました。 執刀した別の医者から今後の状況について説明がありました。 「この2、3日が山です。意識が戻ることはないと思います。思った以上に血管がボロボロでした・・・」と。 一瞬にして、私達は地獄に落とされました。 執刀したその医者は二度と来ませんでした・・・

それから、小一時間もしない間に担当医が来て、「今日が山です。ご家族や親戚の方を出来る限り、早く呼んで上げて下さい」・・・ ・・・・・ それから一時間もしない間に、今度は「あと2,3時間しか持たないと思います・・・」 ・・・・・ たった一日の間に何があったというのか、何で急変したのか、何が10%の危険率なのか!何が教授だ、医学部だ、と怒りがこみ上げて来ました・・・ 家内は検査が甘かった上、手術が失敗したのではないかとお医者さんに詰め寄っていました・・・

やがて、私達はお義父さんの周りに集まり、その最後を見届けました・・・ 嗚咽が続いていました・・・ お義兄さんは担当医に解剖してくれと言っていました・・・ そんな中、お義母さんが「お義父さんも自分が納得して手術に望んだのだから。生き返る訳でもないからそっとしてあげたい」と言いました。

人間の最後なんて、実に寂しいものです。 生まれてくる時も一人ですが、その時は皆に祝福されています。 しかし、死ぬ時も一人ですが、皆が悲しみの中にいます。 人の一生は実にはかないものです。 生まれてから死ぬまでの何十年間、沢山の出来事があった人生です。

生きてこそ、喜びも、楽しみも、苦しみも、悲しみもあります。 生まれてくる時には丸まった拳の中に、沢山の夢を持って出て来るそうです。 死す時はその掌を開いて、周りの人に分け与えて行くそうです。

生きることの大切さ、有難さ、感謝、謙虚さを痛烈に感じます。 残された自分の時間も考えます。一秒でも大切に、一生懸命に生きたい。 私にもまだ余命はあると思いますが、時間は大切にしたい。 誰でも一日は24時間しかありません。 残されている時間の中で実現したいこと、やり遂げたいことを実現したい。 生きていることは死に一歩ずつ近づいていることに他なりません。 取り返しのつかない時間だからこそ、後悔しないように生きることが大切だと思います。 人生は一回しかありません。 命も一つしかありません。スペアがないのです。 一生懸命に生きる。 単純ですが、一番大切な生あるものに与えられた使命ではないでしょうか・・・

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