私は月に1,2冊の本を読みます。少ないとは思いますが、会社への行き帰りの電車内がその読書時間なのです。往復で50分弱です。時間が限られているので前のページを読み直したりすることもありますし、それでも継続すれば確実に一冊ずつ読むことが出来ます。
車内には大勢の人がいますが、本を読む世界に入ると周囲よりも自己への集中力が高まります。時間は短iくても、車内が私の読書時間だからです。家では殆ど読書はしませんが、車内読書は短い時間ながらも何ケ月もすればそれなりに読むことが出来ます。しかし、分厚い本は車内では読みません。持ち運びが楽でないからです。せいぜい2センチ位までの本までなら読みますが、ページ数もせいぜい400ページ位までです。行間が狭くぎっしり書き込まれた本もありますが、そんな本は2ケ月程もかかって読みます。
読者の皆さんには読書量が少ないなあと思われるでしょうが、速読も得意ではないので読むスピードも割とゆっくりです。ページが移った途端に前のページのキーワードを忘れたりもします。それでもこれが私流の読書なのです。これでも年に20冊以上は読めます。逆に読書時間が長いと集中力が持続出来ないので、これ位が丁度、私にはいいかなと思っています。但し、続けることが割と得意なのでコツコツ続ければ必ず最後のページに辿り着きます。千里の道も一歩からです。これが私の性分かも知れません。
また、私には本を買う際に私なりのルールというか、拘りがあります。初版の発行日から3ケ月以内のものしか購入しないというルールです。ですから、本屋の新書や新刊のコーナーでウロウロと手当足り次第にそれらの本を手に取って、パラパラと目次や文章や著者紹介やはじめを読みます。はじめにはその本の要諦なので読みたいかどうかも確認できます。そして3、4冊に的を絞って買うべき1,2冊を決めます。ジャンルは拘りませんが、いろいろな分野に興味があるので気分で決めます。時間にして30分から1時間程度は読み漁ります。ですから、本が沢山置いてある大きな本屋へ出かけます。一人で行くので良い本に出会えると気持ちが弾みます。
私には好きな分野があります。時代物が好きで、こういった本は発行日は気にしません。そ
れ以外は初版発行日に拘ります。新しい情報が記載された本を読みたいので発行日でまずは選別します。初版で間もない本であれば、ベストセラーとか前評判に左右されることもありませんし、また、作者にも拘りませんし、初めての処女作でも構いません。
そんな本を開いてまずは「はじめに」、次に「目次」を観て、最後に「著者紹介」を観ます。好きなジャンルは「宇宙」「物理」「数学」「哲学」「脳科学」「時事問題」「IT」などです。また、買う時の拘りもあれば読んだ後の拘りもあります。途中まで読んでいても興味が薄れたり、つまらないなと感じるとそれ以上は読みません。時間の無駄だと判断して捨ててしまいます。偉そうなことを言っている積りはありません。
私にとって本は何の為に読むかと言えば、自分の生き方がその本の影響で変わるような本が最上だと考えています。途中まで読んだからとかお金を出して買ったからとか、勿体ないとかの感情は以前に経験した出来事で捨ててしまいました。むしろ、本が増えれば本棚や部屋を占領し、部屋が狭くなっていくし、土地価格の高く家屋の狭い日本では効率的で合理的だとは思わなくなりました。また、いつかまた読むかも知れないという不効率な望みも捨てました。何故なら、本題に並んだ本を眺めて自己満足するだけで、まず2度も読むことはないからです。博物館化しているだけです。一生ものの本はありますが、それらの本は10冊もありません。そんな本に限って人に関する本です。
結局、私にとって技術や知識は時代と共に内容が変わって行くものだと思っています。
しかし、人の考え方や生き方は割と変わらないもので何百年経っていても生き続けます。
だからどうしても人の生き様や考え方に強い興味を持ちます。
私にとって、本の価値とは知識が増えることもありますが、自分の生き方に影響を与え、自分の生き方や行動が変わっていくことです。断捨離という言葉がありますが、生きていればそれと同じように余計な考えや知識も増えていきます。これが普通のことです。ということは生きていれば、家だろうがオフィスだろうが人間だろうが、時間の経過とともに余計なものが増えたり心の中に増えたりするのが当たり前です。しかし、家もオフィスも人の心の中は時間が過ぎればそれに伴い、自然と拡がっていくものではありません。家は年数が経ると次第に狭く、古くなっていきます。
ですから、時々は整理整頓して狭くなったスペースや古くなった部分を元に戻す努力をすればいいのです。それが断捨離や手入れなのです。結局は日頃の整理整頓がものを言うのです。家なら増えていった分、何かを捨てればいい訳です。整理整頓とは突き詰めれば、断捨離、捨てることだと思います。本も同じです。増えて来たら捨てればいいのです。
いつかまた読むなんて幻想は捨てればいいのです。家もオフィスも人の心も時間とともに植物のように育って大きくなってはくれません。人の心だけは違いますが、他は元のままの大きさです。これだと捨てるしかない訳です。これが出来ない人が多いです。
よくBEFORE、AFTERといったテレビ番組で広く綺麗になった新居が写し出されますが、私は1年後、2年後、・・5年後をを見せて欲しいと、意地悪な感想を持ってしまいます。きっと以前のように徐々に狭くなっていくと思うからです。
全ては物理的な大きさや新しさではなく人の心の問題だと思います。私は新しい本でも得るものが無ければゴミ箱へ捨てます。余計な事は考えません。自分の生き方に活きるかどうかだけです。
ここで私と似ている考えをお持ちの作家兼お医者さんで、映画評論もされる方が札幌におられます。その方の最近の著書「読書脳」という一冊を読んでいて、あれー?、私と同じ考えだなあと思うことがあり、初めての方ながら何か近しい思いを感じました・・
この方は、樺沢紫苑(カバサワ・シオン)さんという精神科医で映画評論家で作家の一人三役どころかyou-tuberでもあり、twitterも発信されているマルチ才能のスーパーマンなのです。
読書脳の冒頭に、文章読解力や表現力が乏しい人が「chatGPT」へ聞きたいことがあっても質問者の質問が的確でないと、回答で的を得た回答は貰えないというくだりを読んでいて、強く共感を憶えたのです。
現代は電車の中でも、歩きながらでも、コーヒーショップでも、どこでもいつでもスマホを手にして短い一行単位のメールでやり取りしている人が多いです。そんな人がAIに対して短い文面で質問してもいつもの友達とは違って、相手は質問の意図を図りかねて回答は的外れや長文になったりする訳です。相手はAIであり友達ではないのです。となると質問と回答のズレを修正する必要があります。人同士的ならこれを自然にやることが出来ますが、AIの世界ではそんなことを専門的に行う職業もあります。プロンプト・エンジニアがそうです。非常に報酬の高い職業です。
最初の文面でその意味が分かったので、俄然、面白い方だなと思いながら読み進んでいくと私と共通点があることも分かり驚きました。
樺沢先生の読書ペースはすさまじいと思います。今迄に44冊の本を書いておられ、映画も月に10本は観て、本は月に平均30冊は読破され、you-tube動画やtwitterまでやっておられ、睡眠時間は平均して日に8時間近くもあるそうです。それいてお医者さんです。
どんな人でも一日は24時間しかありません。古代でも現代でも偉い人でも偉くない人でも一日はたったの24時間です。
この一日の過ごし方が違うのでしょう。こうなると先生の成長速度は人とは全く異次元だと思うのです。本を読めば知識が拡がります。知識が拡がればそれまでの知識に新たな知識が加わり、何か考える際にも知識の貯金箱として活用出来ます。反対に知識が増えない人は誰かと話す際に途中で飽きて来たり楽しくなくなったりします。新しい知識は新たな発見も見つかり自己成長にとって大きな推進力になります。
私の読書の原点は、小学生の頃、父親が買ってくれた一冊の百科事典でした。
分厚いカバーを開くと、カラーで宇宙やロケット、宇宙飛行士、惑星や太陽が描かれていました。そんな昔にそんな別世界の記憶が残っています。今になって思い出すと、その本に描かれていた当時の夢物語は現実のものとなっています。改めて人間は凄いなあと思います。一冊だけの百科事典でしたが、厚さは10センチほどあり、子供だった私にはとても高価な本だと感じていました。今はどこへ行ったか分かりませんが、とっくに捨てられていても心には赤い表紙の分厚い一冊の百科事典の思い出が残っているのです・・・
さて、私の出身高校では本を100冊読みましょうと、朝08:05~08:20までの15分間に読書時間を設けています。最初にその話を知った時は、たったの15分間で・・と懐疑的だったのですが、紹介した「読書脳」(樺沢紫苑著。サンマーク出版)の中に15-45-90の法則読書術という文面があり、人間の集中力には限界があり、何時間も連続して集中し続けることは、訓練されたアスリートや将棋の棋士であっても出来るものではないと書かれてあり、集中しやすい時間単位が15分、45分、90分だと書かれてあったのです。つまり、高い集中力を維持できる限界が15分で、普通の集中力を維持できる時間が45分で、その45分の中で少し休憩を挟めば90分の集中力も可能だそうです。小学校の授業は45分、テレビドラマもCMを除けば大体45分、大学の授業も90分、2時間ドラマもCMを抜くと実質は90分で出来ているそうです。
つまり、母校の朝の15分読書は理に適った高い集中力が発揮される読書だと知り、大いに驚きました・・・私の車内読書も満更ではないなと気付きました・・・
確かに、本を読む時に永い時間読んでも、内容についてそれほど細かく記憶に残っていない気がします。読解力や低下しているかも知れません。読解力と記憶の効率性や脳の働きまでは意識していませんでした。改めて読書法も考える余地がありそうです。
先程、ご紹介した樺沢先生は時間の使い方がとても凄い方なんだなと驚きました。時間と効果の両面を考えると、時間の使い方次第で人生も変わっていく訳です。
樺沢先生と私には共通する点が2つありました。
その一つがインプットとアウトプットの話です。人にはアウトプットの多い方がいますが、どうすればそのような人になれるのかと考えると、難しい事を言い出す人がいますが、私はインプットが多いからアウトプットも多くなると考えています。
例えば、メールでも年賀状でも自分がそれだけ出しているから返信も多い訳です。中には
50年近くに亘って年賀状を出している方もいますが、お互いに顔は忘れ、どんな人だったか細かいことも忘れていますが一年に一度だけの年賀状で何となく人柄が感じ取れるのです。手書きで書く文字は「お元気ですか?」これだけで7文字です。
それでも今も続いてます。どちらかが亡くなるまで続くと思います。
こういったことを続けていると何か人の温かさとか律義さを強く感じます。こんな方が増えるとお互いに生きている幸せを感じるものです。
今は亡きソニーの盛田昭夫さんはクリスマスカードを世界中に4000枚送っていたそうです。凄くないですか?・・・
本を読んでいると、あちこちの作者が同じことを書いていたりします。これも大きな発見です。例えば、松下幸之助氏は尋常小学校卒で9歳で大阪へ丁稚奉公に出されますが、最初は火鉢店で働き、次に就職したのが自転車屋さんでした。
ここのおかみさんと丁稚である幸之助さんが並んでいる写真を観ていて私にはどうしても店の女将さんと小僧さんには見えずに親子に感じ、不思議な印象をずっと持ち続けていました。そして後年にその謎が自分なりに解けたのです。店のご主人も幸之助さんと同じで小学校卒、その上、女将さんには子供が居なかったことを日経新聞に掲載されたご主人の弟さんの記事で知ったのです。これで永い間の私の直感の謎が解けたのです。子供のいない女将さんは幸之助さんを自分の子供のように愛おしいと思っていたのではないでしょうか?・・
その写真を見るたびに私には親子で取った写真にしか見えないのです。
2つ目は本の価値です。私にとって最高の価値は人生がその本によって変わることです。
良い本であれば、その本の内容が自分の人生に活かされることが大事で、本棚に溜め込んでも知識は増えても実際の行動は大して変わりません。
私はかつて一冊の本を読んで大きな感動を憶え、その場で何か実行して行こうと決め、たまたまタバコを吸いながら読んでいたのでタバコをやめようと決心し、その日のうちに禁煙をしました。本当にそれで禁煙が出来たのです。心の中に大きな感動が残されたからだと思います。不思議な話ですが、これは真実なのです。もう23年前の話です。
その本に出合ってなければ、今でも吸い続けていたかも知れません。
その本は将基面誠という方の著作で「無医村に花は微笑む」という本です。岩手県の田野畑村という無医村へ都会の病院から転職された方です。この将基面さんの医者になったキッカケももの凄いキッカケでした・・
蘭学医であった緒方洪庵と同じ心得だと思います。本を通じて人同士が繋がっていくのです。
私にとって感動したり心に残った本はそのままではなく、何かを実行し続けることが大事なのです。感動は心でしますが、効果は行動に移るのです。是非、感動を行動にしていきたいものです。自分を更に高めるには本にもその価値があります。人同士にもあります。
決してSNSやyou-tubeやとtwitter、you-tubeがそうではないとは言いいませんが、本の持つ永続的効果は高いと思います。
小さい頃に親から貰った一冊の百科事典、高校生時代に読んだ吉川英治の三国志、大人になって読んだコンピュータの書籍、そして経営に携わるようになってから読み始めた経営者の本など実に様々な本と出合って来ました・・・
結局、今になって言えることは良い本とは自分を成長させてくれるものだということです。つまり、究極は知識ではなく、行動へ移すことです。
脳に記憶するだけでは現実は何も変わりません。
自らを変えることです。変えるとは広く言えば自分を伸ばすことです。
本にはそんな力があるのです。
今はchatGPTの本を読んでいます。それは読書脳の冒頭に書かれてあったことが直接のキッカケです。本の連鎖とでもいうべきでしょうか。chatGPTも今後は話題から現実のものとなります。そろそろ人間+AIの時代になりつつあります。
皆さん、読書の秋です。
本を読めば何がしか得をします。脳も活性化します。
年を重ねる良さの一つは知識や知恵を増やせることです。
私は一生が学びの連続だと考えています。
年を重ねるとは老けることよりも味が増していくことだと思っています。
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