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足るを知る 第67号

先月の1ケ月間、日本経済新聞朝刊に女優であり身体障害者療護施設などの園長をしている宮城まり子さんの「私の履歴書」が掲載されていました。 私はこの記事を毎朝、最初の一番目に読んでいました。 記事の内容は月の前半がご自身の生い立ちや女優業での活躍が書かれてあり、後半では施設に携わった後の話が中心に書かれてありました。 私はとても感動しました・・・

その記事には子供達の日常が赤裸々に語られているのではないかと思ったのですが、その苦労は微塵も見せず、見事にそんなことはおくびにも出さない立派な人でした。 逆にそんな文面からは、まり子さんのピュアで素晴らしい、輝くまるい心と子供達の無限の可能性や幸せな日々のことがひしひしと伝わって来るのが感じ取れました。 まり子さんは何と素直で、何と欲のない、生まれたての赤ん坊みたいに可愛い人なんだろうと思います。

特に、印象に残った話に幼い頃に描いた絵の話があります。 空は青くないとおかしいと学校の先生に言われ自信をなくしたまま自宅へ帰り、そのことをお母さんに話したら、「自分が感じたままの色でいいのよ」と話してくれた。 このとりとめのないシーンが私の心には深く染みました。 私もこのお母さんの意見には全く同感です。とても素敵な素晴らしいお母さんだと思います。空は赤でも白でも黒でも良いのです。その人が感じた色で良いのです。 その証しとして、心というものには色などついていないではありませんか。 そればかりか、感じた色がその人の心の色なのではないでしょうか・・・ 心で観るとはそんなことだと私は思います。

だから、世間でどんなに素晴らしい絵だと言われても、観る人にとって何も感じないならば、それはそれで構わないのではないでしょうか。私の絵の鑑賞はそうです。 自分にとってどう感じるかが大切なことなのだと思います。

話は戻りますが、まり子さんはこのお母さんの下に生まれたからこそ、その後の人間としての素晴らしい、素直で、素敵な人生になっているのです。 この感覚は以前にも味わったこと経験があります。 それは五体不満足の著者である乙武洋匡さんの母親像と全く同じなのです。 乙武さんが生まれてから初めてその姿を見たお母さんがこう言いました。 「まあ、なんて可愛い子なんでしょう」。 この瞬間に今日ある乙武さんの全てが決まったのです。 子供は正に母親で決まるのです。父親なんかの影響などたかが知れています。 その証拠にどんなに強い立派な男でも母親からでしか生まれて来ないのです。 戦争で散った若い特攻隊員の遺書にはお母さんに対する述懐ばかりが目立つのです。

この二人の母親には強くて優しくて、そして深い人間愛に溢れた愛情と信念を感じます。 まり子さんは本当に稀有な強くて優しい素直な凄い人だと思います。 誰もが真似出来るような生易しい生き方ではありません。 本当は現実は大変なご苦労があったと思います。 そんなことを感じさせない記事なのです。 こんな方と巡り合った吉行淳之介さんは3つの助言をしたことも印象的でした。 その中の一つに、愚痴をこぼさないというような文言がありましたが、正にお釈迦様が人間への戒めとして怒りやねたみ、そして愚痴と同じであることには更に驚きました。 よくよく人間は欲の深い生き物なのだと再認識しています。

しかし、こんな素晴らしいまり子さんにも否応なくお金の難儀が訪れます。 そこに不思議と支援者がどこからともなく現れるのです。 伊藤忠商事創業者の伊藤忠兵衛氏が突然訪ねて来たり、大阪では南熊何がし氏がご夫婦で来られたり、果ては鳩山外務大臣の奥方がといずれも「自分達がやらなければならないのにまり子さんにやって貰っていることが恥ずかしいとか申し訳ない」といった気持ちで訪れて来るのでした。

まり子さんも凄い人だけれどその訪ねて来られた方々も凄い人達です。 また、新しい施設を建てた際の引越しには有名な運送会社の社員が40名、ボランティアとしてトラックともども駆けつけました。 もうこれは素晴らしい人間愛です。 世の中は悪いニュースが増えて来て世紀末のように思うこともありますが、こんな清々しい良い話を聞いてしまうと、まだまだどうして人間は信じられるなあと思ってしまいます。 私達はありふれた日常の中で自分達を見失なったり、論理だけで物事を理解し解決しようとかします。 しかし、人間はやはり人間なのだと思います。 それは感動することが出来る生き物だからです。 悲しければ涙が出るし、嬉しければ笑みが出るし、言葉や仕草で人を感動させることも出来るのですから。

この世に生まれて来る時も裸一つならば死ぬる時も裸一つです。 この世で手に入れたものはこの世に置いて行かざるを得ません。 この世は所詮は仮の世です。 大切なのは姿や形や富や地位ではなく、一人間としてどれだけ素晴らしい徳を身に付けられたかを問われているのではないでしょうか。 それは何事にも通じるものであり、自分以外の人達や生あるものへの愛情を問われているように思います。

会社の経営者は正にその典型的な例ではないでしょうか。 求められているのは自分以外に尽くすこと、貢献することである気がするのです。 福井の永平寺では修行する際に畳一畳の範囲で寝起きをするそうです。 正に、寝て一畳起きて半畳の世界です。 これこそ足るを知るという世界だと思います。

最後にこんな話をその新聞で見かけました。真偽の程は分りませんが、素晴らしい話だと思う逸話を披露して終わりたいと思います。 松下幸之助氏は創業してからずっと頭を下げてばかりでした。 会社が大きくなるにつれ幸之助氏は頭を下げられることばかりになりました。 そこで幸之助氏は会社の中に神棚を作ったのだそうです。 ここまで話せば何が大切なのか分かる人は分かると思います。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学