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近江商人 第8号

先日、滋賀県の五個荘町を訪れる機会がありました。五個荘町と言えば、近江商人のルーツといわれているところです。「天秤の詩」という近江商人を描いた有名な映画の舞台でもあります。 近江商人は江戸時代後半から現在に到るまで輩出され、五個荘町で垣間見た数々の商売理念には、現代にも立派に通じるものがあるように感じました。 例えば、こんな言葉があります。 「三方よし」という言葉で、近江商人に共通の価値観でもあります。三方よしとは「売り手よし」、「買い手よし」そして「世間よし」ということです。商売をやっている方だけが儲かってはいけない、買い手であるお客様に喜んで貰い、お客様の利益に貢献しなければいけない。しかし、それだけでもまだ不十分で、世間様、つまり社会にその中から還元しなければいけないという考え方です。 世間に対して還元するとは、買い手や世間様に深く感謝し、名も告げず誰か分からないように貢献しなさいということです。例えば、学校や病院を作ったということです。正に、「陰徳善事」ということです。 それから、こんな言葉も継承されています。「きばる」と「しまつ」という言葉です。 気張るとは精を出す、頑張るという意味であり、しまつとは商売の実態に応じた支出をしなさいということのようです。 先の天秤の詩の中で、行商に出たばかりで鍋蓋が全然売れない主人公の少年が、家に帰って来た時に、昼間食べた弁当の不満を言ったのです。その弁当には梅干の入ったおにぎりしかなく、おかずはありませんでした。 その不満を聞いていた祖母が、こんなことを言ったのです。 「あんたも商人の子やったら、しまつということを知らんといかん。鍋蓋が売れてへんのに、何で弁当のおかずに不満を言うんや。商売ちゅうもんは売れてこそ成り立つもんで、売れてもへんのに何を言うとるんや。あんたも立派な商人になるんやったら、しまつということを知らんといかん。売れてもしてへんのに贅沢な弁当を食べていたら、商売というものは成り立ちません。ちゃんときばりなはれ」というような内容でした・・・ 私はこの映画を初めて観た時、物凄い感動を覚えました。何故かというと、その少年は昨日までは小学生であり、大店の後継ぎだったにもかかわらず、卒業した次の日からは朝早く起こされ、丁稚修行に入るのです。 食事も昨日までと違えば、席も別、親も祖母も昨日までの対応とは違う・・・ その上、本業ではない「鍋蓋」を売りに行かされるのです。売れるまでそれが仕事なのです。お爺さんもお父さんも同じことを経験し、家の壁にはその時に使用したそれぞれの天秤棒が並べ掛けてあるのです。 この天秤の詩の中に、私が最も好きなシーンがあります。 毎日、毎日、売り歩いても売れない少年がある時、橋の上で川面を眺めながら思い悩んでいるのです。 そこに何日か前に売りに行った農家の人が通りかかり、その少年を見かけ声をかけるのです。 「この間のぼんやないか?どうしたんや?元気ないなあ?鍋蓋まだ売れへんのか?・・・」 「あっ、おじちゃん、鍋蓋まだ一つも売れへんのや。もうどないしたら売れるのか分かれへん。そやから何かこう、嫌になってしもうて、悩んでいたんや。わし本当に向いているんやろか?」・・・ 「そうか、ぼんも大変やあ。でもな、わしら百姓は朝から晩まで汗水流して働いても、田畑から穫れる量は毎年決まっとる・・・幾ら働いてもちっとも楽になんかならん・・・」 「しかし、商売ちゅうもんは自分の才覚で幾らでも大きく出来るやないか・・・わしら百姓よりずっーとましやないかのう」 それを聞いていた主人公の少年は、ここで大きなことに気付きます。 正に、商売の有り難さを知り、もっと大変な人達が世間には大勢いることに気付くのです。 そして、気を取り戻した少年はそのおじさんに礼を言い、また元気に売り歩くのです。 (それでも映画の中では鍋蓋はまだまだ一つも売れないのですが・・・) 私もこの商売の有り難さを思います。確かに、自分の努力次第で幾らでも大きく出来ることが有り難いからです。

そんな商人の故郷なのです。 「質素」、「倹約」、「勤勉」、「工夫」など今では忘れかけられた言葉が大切に守られ実践され、多くの豪商が生まれ出たのではないでしょうか?・・・ 現に、その姿を垣間見る機会が最近あったばかりなので、尚更そういう思いが強く残りました。

それは琵琶湖沿岸にある某旅館に泊まった経験でした。 概観も内装もよくある温泉旅館と大差がないのですが、その旅館のホームページには決算報告書が掲載され、従業員全員の写真やお客様からのアンケートが一年分以上掲載されていました。 何故、こんなことをしているのだろうか?・・・という思いが最初にありました。 そのアンケートの多くが、賛辞の声であり、リピート客なのです。今年に入って何回目の宿泊ですとか、何々が良かったとか悪かったとか、仲居さんの誰々が親切で大変良かったとか、そんなことがいっぱい書かれているのです。 何故、リピート客が多いのだろうか? と誰でも興味を持たれることと思います。 論より証拠、行ってみて分かりました。表立ったところが目立つのではなく、「あれっ、こんなところにこんな工夫が」と感じ入ってしまいました。正に、私にしてみれば「現代の近江商人」だったのです。 書物や理論理屈ではなく、体験して実感したと思いました。

現代は能率一辺倒で、経営指標ばかり取り沙汰されています。 上場したらどうのこうだとか、特損がどうのこうのとか、総資本利益率がどうのこうのとか、資本回転率がどうのこうのとか、そんなことばかりが偏重されているように感じます。 あたかも実業がビジネス論として机上の学問のような感じすらします。 しかし、本業とは何でしょうか?本業を盛り立てるにはどうしたらよいのでしょうか?お客様に更に喜んで貰えるにはどうしたら良いのでしょうか?従業員にもっと喜んで働いて貰うにはどうしたら良いのでしょうか?・・・などということが以前ほど大切にされなくなって来ていると思います。

確かに世の中は劇的に変わったと思います。 複雑で多種多様でスピードが速く、更に情報量が格段に多くなり、正確な対応が迅速に必要です。 対応次第では大きな企業ですら命取りになりかねない時代かも知れません。 判断すべき情報が格段に多いと思います。 だからこそ、経営する上での「基軸」というものが、ますます大切なのではないでしょうか?・・・ 今回は近江商人の故郷を見学して、ここから他国へ天秤棒一本で行商に出て、やがて成功を収めた人達の軌跡を垣間見て思ったものです。 商売はやる人によって大きくもなれば小さくもなる。なるようにしてなり、なさぬようにしてならない。

最後に、近江商人に関する面白い話を披露して終わりたいと思います。 (その一) あるときあるところに、主人と丁稚どんが行商で歩いていました。丁稚どんは歩くと直ぐに疲れた、疲れたといって 休憩を取ってしまいます。主人が頑張って早く行こうと言っても遅れがちになってしまいます。 すると、主人はその丁稚どんの袂に石ころを沢山詰め込んだのです。そして、こんなことを言ったのです。 「歩いている内に疲れた、休憩したいと思う度に、袂の中の石を一つずつ捨てなさい」と。 この話には精神性と合理性が描かれています。正に近江商人の真髄ではないでしょうか?・・・ 更に、この話には尾ひれがついています。その主人は大層な商人になりましたが、丁稚どんは店も辞め、何の話も残っていないそうです。 (その二) あるときあるところの商家に泥棒が入りました。その泥棒は前の日から盗みに入っていたのですが、疲れ果ててしまい、とうとうぐっすり二階の押し入れで寝込んでしまったのです・・・ 翌朝、その店の丁稚が天井から水がポタポタ落ちていることに気付き、主人に伝えました。 主人が見てこいというので二階に上がってみたところ、ビックリ仰天です!!・・・ 押し入れに泥棒が寝込んでいたからです。水はその泥棒の小便だったのです。 捕まえて番屋に突き出そうとすると、店の主人がそれを止め、その泥棒に事情を聞いたのです。 「悪いこととは知りながら、空腹に我慢できなくなり、人様の物を盗むようになり、あっちこっちで追いかけられ、ここまで逃げて来ました・・・」 悪いことをしたのだから、番屋に突き出し罰を受けて当然なのですが、その主人は突き出すどころか食事を与え、何か人様の役に立つ仕事が出来ないかと考えました・・・ 翌日、泥棒の姿は飛脚に変わっていました・・・逃げ足の速いことに目につけたのです。 その商家もその後大きくなったということです。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学