top of page

一周忌 第81号

昨年の10月号で実父が亡くなったことに触れましたが、まもなく一周忌を迎えようとしています。 この一年間、一度も墓参りに行くことがなく、不肖な息子だと思います。 墓が鹿児島市にあるということもあり、そう気軽に帰れる所でもないこともその一因です。 自分の故郷でありながら、そう簡単には帰れないのが私達の働き蜂の世代ではないでしょうか・・・・

我が家は神道なのですが、冠婚葬祭に際しては初めて体験することが多く、恥ずかしながらその度に、神主さんからいろいろと作法等を教わっています。 神道は日本古来の宗教でありながら、その内容等については殆ど何も知らないのが私達です。 これだけ永く生きていながら、親戚以外の葬祭は全て仏式しか経験がありません。 実際、親父の葬式でも神道と案内していても数珠持参の方がいらしたほどです。 ましてや亡き骸の前での作法など教えて貰わなければ出来ない有様でした。

それほど実生活では馴染みのない神道なのですが、私はあっさりしていていいなあと思うのです。 実家に住んでいた頃は、よく父が神棚の榊や水や塩、お米などを取り替えていました。 その後姿を眺めながら、不思議な気持ちになったものです。 何をしているんだろうか?・・・ お祖母さんの家には仏壇があって、お線香やろうそくやチーンと鳴るものなどは、何かの折に頭を下げさせられたので何となく馴染んでいたのですが、神棚は親父の独り舞台でした。 最後には、必ず拍手を打って終わりというのがセオリーのようでした。

そんな親不孝息子の我が家にも神棚があります。 自分で購入したものではありませんが、都会の狭いマンションですから、食器だと天井の間に神棚の高さを削ってギリギリにはめ込んであります。 以前は週に一度位の頻度で榊も取り替えていたのですが、この頃は便利なものが売られていて、合成だけれど本物そっくりで水も取り替えも不要な榊が売られており、それがいつからか我が家の神棚にあります。 本当に便利です。 衛生的だし、水も要らないし、お金もかからない。それでも時々は、米や塩や水を取り替えて、たまには宝くじも同席させて頂いています。

こんな信心の浅い私なのでご利益もある筈もなく、災難らしい災難がない分、神様に助けられているのだと感謝しています。 誠に妙な話ですが、私は自分の寿命が70代後半と今のところ信じ続けています。 不思議なことに時間軸や空間が全く異なる方から同じことを言われたことがあるからです。 ですから、その年代までは意外と楽観視した人生観を持っています。 無茶は出来ませんが、それまでにやりたいことをやれるだけやっておこうと考えています。

さて、親父との確執というか思い出というか、そんなことが亡くなってから思い出されます。 今にして思えば、やっぱりやりたいことをして来た親父だったと思います。 鹿児島なのでどこでもそうでしょうが、焼酎が好きで毎晩飲んでいました。 飲まない日はなかったのではないでしょうか・・・・ 知らない人がたまに泊まっていました。本人が知らないのですから、私達は全く知らないばかりか、雰囲気の違う朝の風景を何度も経験しています。

父は心臓が強かったことが長生きした理由の一つでしたが、私も赤ん坊の時、コンクールで入賞した健康優良児でした。未だ身体にメスを入れたこともありません。 この年になっても田舎に帰れば、叔母や叔父から、半分以上は私の幼少期の話になります。 どんなに手につけられない少年だったかという話題です。 いたずらは数知れませんし、私には思い出せないことも沢山あります。 そんな時、周りの大人達が一斉に口火を切ってくれます。 そんな暴れん坊将軍の私にもルールがあったようで、弱いものいじめはしない、やるなら自分よりも強い奴とやる、年少者は守る、嘘はつかない、正々堂々とやる、といった類のものでした。 今の世の中、こんなルールが消えかかっているように思います

10月早々にある一回忌に帰省しましが、実のところ、親父の墓前に何を語ろうかという心境です。 親父の眠る墓からは桜島が見えます。 青い海の向こうに左右がほぼ対称な噴煙を上げている櫻島が見えるのです。 こんなに恵まれたお墓はそんなに多くは無いとと思います。 私は次男ですので70歳後半になったことを考え、どこかに墓を準備しておかねばなりません。 変な話ですが、今からでもお墓を物色しておかねばならないのです。 誰だっていつかは必ずお世話になるのです。 今こうして親父のことを考えていると、人生の時間軸の長さを感じてしまいます。 それは長いようで短く、その間に、人間は一生懸命にやれば、かなりのことが出来るなという想いです。

88歳で亡くなった親父ですが、20年くらいしか一緒に住んでいたことはありません。 むしろ、離れて暮らしていた方がはるかに永いのです。 それでも、親父は親父なのです。 嫌いでもDNAで繋がっています。 自分が年を重ねて来て、どこかしら、癖が親父に似てきたのはその為だと思います。

一周忌、三回忌、十三回忌と徐々に親父の記憶は薄らいで行くでしょう。 それでもどんな父親であったかだけは自分の中に息づいています。 やがて、私も老いて、同じ歴史が語り続けられることと思うのです。 人の一生は一回限りです。 大切にしましょう、人の命と自分の命を。 そして、時間をもです。

最新記事

すべて表示

生成AI時代 第274号

最近と言うか、正確には2年も経っていませんが、私達が今まで経験したことの ない驚きが世界中へ拡がりました・・・ 例えて表現すると、今から170年前の1853年、嘉永6年に永く鎖国をして いた日本へ、アメリカ東インド艦隊のペリー提督が率いる4隻の黒船が横須賀の 浦賀沖に突如として現れた時くらいの衝撃だと思われることが起きました。 ペリー提督の時は日本へ矢継ぎ早やに開港や貿易取引など、不平等な契約など

好奇心 第273号

生きている間には誰しも、何かの時に強い好奇心を感じたり、駆られたりすることがあ ると思います。この好奇心は人間には特に強く備わっているようで、他の生物にはない とは言いませんが、人類に備わっている特徴の一つではないでしょうか?・・・ この好奇心こそ、人類が地球上で最も高い知能や文明、繁栄をもたらした正体ではない かと思うのです。この好奇心は星や星座に名前を付けたり、神話を重ねたり、幾何学と いう学

シリコンバレーの思い出 第272号

年令を重ねて来ると、これから先の抱負や希望よりもいつの間にか自然と昔の思い出 を懐かしく思い出す時が増えて来るような気がします・・どうしてそうなるのかは自 分では分かりませんが、脳自体が特に意識しなくても何かの拍子に働き始めるのかも 知れません。それでも自分の意識があるのだろうと思います。 また、脳は新しいことに対しては活発に動くようで、その時にはエネルギーも多く必 要になるようです。昔の思い出な

Yorumlar


bottom of page