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国難 第224号

今、私達は国難に遭遇しています。 新型コロナウイルスという、目に見えない相手と国を挙げて戦っています。 日本だけでなく、世界中がその相手と戦っていると言っても過言ではありません。 今回のこの戦いの中で、日本という国や日本人についてその一人として、改めて感じ、思うことがあり、そのことについて書いてみたいと思います。

しかし、私の話はあくまで私個人の見かたや考え方であり、その点は誤解なきように願います。 いわゆる言論の自由という立場に基づいています。 よって、読み手の皆さんには異論があるでしょうが、日頃から私が感じている日本の立法府(=政府)、行政府(=監督省庁や地方自治体)、そして我々の日常的な社会的合意(=常識)や行動にも言及しています。


PCR検査 皆さんも感じているでしょうが、PCR検査数がどうして日本はこんなにも少ないのでしょうか? 原因や理由について、専門家の方々がそれなりに言われていますが、ここまで感染者数が増えていて、その検査数で日本全体の状況を推し量るには、少々無理があると私は思います。 また、なぜ検査数が少ないのかという理由や説明も、国や行政からも数字を使って分かりやすく説明もされているとも思えません。 その上、感染した人や検査を要望された人達との保健所等とのやり取りも、どこかで検査数の限界に基づいて問答しているように感じてしまいます。 本当に何故、他国で行われていることが日本では実現していないのでしょうか?・・・ 他国で出来ることが日本では出来ないのは、日本の仕組みのどこかに問題があるからだと思います。 これが普通の考え方ですが、その説明がどこからもないのはおかしいと思います。 明確に答えてくれる立法や行政の責任者がいないことに私は呆れてしまいました。

評論家や感染症専門医の指摘や意見を観たり聞いたりする場面は多いのですが、話しているだけで、具体的に役立つような意見や動きについての明言もありません。 言葉だけに終始する番組や放送が多く、正直なところ、そんな番組やマスコミにもうんざりされている視聴者も多いと思います。 どこも同じような番組構成で同じような人達の話ばかりでうんざりします・・・

本当に足りないのは、感染者を診療するお医者さんや看護師、救急隊員や病院のスタッフやマスク、手袋、感染防止服、消毒薬などです。 医療崩壊という言葉がよく聞かれますが、正にそこは最も大変な現場だと感じます。 感染者と日々接している人達であり、命を投げ打って疲れても働いている人達だからです。

どのように考えてみても、PCR検査数が少ないのは事実であり、発表されている数値が低いのは事実です。 こう言って間にも少しでも多くの人を検査した方が、感染率も実態も詳しく掴めると思います。 例えば、岩手県では感染者がゼロですが、私自身はそんなことはあり得ないと思っています。 岩手だけをウイルスがすり抜ける、無視する訳がありません。 私には検査が行われていない証拠にしか過ぎないと感じるのです。 皆さんはどう思われますか?・・・

この検査については、例えば、隣の韓国ではいち早く汚染された地域を封鎖し、消毒を徹底して行い、PCR検査も早くからドライブスルー型など、利便性や検査数を優先した方法で感染拡大を早期に抑え込みましたが、日本はそのノウハウややり方を教えて貰えば良いのに、国同士のメンツからか誰もそのような提案や意見すらありませんでした・・・ 国の体面、無駄な時間、一体何が問題なのでしょうか?・・・ 何と勿体ないことかと私は思います。


国の指導者 安倍首相もしかり、加藤厚生労働大臣もしかり、具体策を思い切って打つよりも体面的で実効性が見えず、 演説のような談話が多く、地方自治体の長である小池都知事や吉村府知事等の具体策と率先垂範とは違う印象を受けました。 国政を委ねた宰相として頼り甲斐の無さすら感じて呆れもしました。

更にもっと呆れたのは、布製マスク2枚の配布でした。 これが国のトップが発表する対策でしょうか?・・・ ほとほと呆れてしまいました・・・ 給食マスクと揶揄されても仕方ありません。 誰もがアベノマスクと呼ぶ、この布製マスク2枚に感銘した国民はいたのでしょうか?・・・ 本当に国民は切実にそれが欲しいと思っているのでしょうか・・・

国のトップが国民の痛みを知らないことに腹が立ちます。 私も何度か早朝から薬局の前に並んでマスクを買い求めましたが、残念ながら7枚セットしか取れず、 悔しい思いもしました・・・ そんな経験から言わせて貰うと、アベノマスクは有難いどころか、却って感情を逆なでするだけで腹が立ってきます。

この対策を戒める閣僚や側近はいなかったのでしょうか?・・・ 一国の責任者として着手すべき重要事項が他になかったのでしょうか?・・・ 腹を探りたくはありませんが、企業や経済界、或いは国庫を気にして、小出しに政策を変えているかも知れませんが、本気で対策を講じないと感染力を抑え込むことが出来なくなります。 もっと被害が拡大すれば日常生活が崩壊する可能性もあったと思います。

何が大事か?・・・ 命を守ることしか最優先事項はないと考えます。 経済や金の話はその次の問題です。 私はそう思います。 担当大臣もいる訳で、その責任者を動かすのが一国の宰相の仕事だと思います。


行政機関 立法や行政がしっかりしていれば、今回の国難への対応はもっと違ったものになっていたと思います。 本人達には権限がないと反論するでしょうが、日本は行政改革が遅れています。 お上という言葉にそれが表れています。 江戸時代じゃあるまいし、どうして行政は国民の為に効率化や経済性、或いは行政の品質向上へついて 自ら上申や改革行動を実行しないのでしょうか?・・・ してはならない規則や法律があるのでしょうか? 私は行政改革と立法改革は車の両輪だと思っています。 片方だけでは良くならないばかりか、前へ進みません。

保健所は今、パンクしています。 電話もつながりにくいと聞きますし、PCR検査に積極的ではなかったとも聞きます。 たらい回しのような話も聞きます。 出来ることに限界は確かにあります。 保健所の対応に関して事前にサポート体制や支援体制を検討したと思いますが、連携してうまく進んでいないのではないでしょうか?・・・ これをうまく進めるには統制を図る組織や責任者が不可欠です。 例えば、保健所長はどこにも一切出て来ませんが、どう考えどう対応しているのでしょうか? 大臣や閣僚が話している動きに組織の対応力は連携しているのでしょうか?・・・

各省庁、各監督機関、実によく縦割り行政になっていて、全体統制、つまり横櫛を通して効率や経費を抑えることが図られていません。 その端的な実例が税金制度です。 縦割りと横割りを整理すれば、役所も職員も税金制度も大きく効率化や機能アップが可能だと思います。 私達の為にある制度や組織というより、私達を管理統制する組織に思えることが多いと感じます。 その例が「規則ですから・・・」の発言です。 良い悪い、効率的だとかではなく、従うことが大事な役所の指針になっています。 でも、それだと誰も改革しようとは言い出しません。 ここの意識が私の考えとは根本から違います。 故に残念ながら、行政改革は進まないと悲観的になります。

保健所の対応も国と行政が早くから話し合っていたなら、感染者の感知から、病院の手配、家族への 連絡、経路の掌握を行い、徹底した消毒を行い、地域封鎖を行い、医療機関の確保も早く出来ていたと思います。 現に、西洋諸国では強制的な指示命令を出し、不要不急のコントロールも強制的に行っています。 また、感染者の個人情報より国民の健康を重視し、感染者をそれ以上に拡げないことを明確に示しています。 感染者から欲しい情報は経路の公開であり、更なる感染者を作らないことです。 個人情報保護と感染防止の話が対立していて、今回の優先度が示されておらず、リーダーシップが存在していないと感じます。 それが立法であり、行政ではないでしょうか・・・


有識者 こういった国難に陥ったときに必ず有識者なる人達がTV画面に登場し、活躍します。 私に言わせれば、事態を好転させる具体的示唆や行動に結びついたという話を聞きません。 むしろ、またこの人なの?と聞く度にうんざりします。 こういった有識者は、それなりの専門的知識が持った立派な人達なのでしょうが、それを実際の現場で貢献して貰えないのでは勿体ないなあと思います。 更に大きな輪へ拡げていけば具体的行動へと繋がるのではないでしょうか・・・ 政府や行政はこれらの有識者へ丸投げ感が強く、その人達の隠れ蓑に身を隠すような言動すら感じることもあります。  専門家の中には、日本の逸材である人達もいて、勿体ないなあと思います。 しかし、名もなくこの瞬間の国難に際して、寸暇も惜しまず立ち向かっている人達には頭が下がります。

最後に私が一番言いたいことは、この最後に尽きます。 それは立法改革と行政改革です。 立法は政府や議会です。 日本では国会議員を国民が選べても、国のリーダーを国民は選べません。 実権を握った政党が多数決で、その政党の代表を手が届かない場所で選びます。 正直、手が届かない、実感のない世界で選ばれます。 これがある限り、政治はどこか遠くにあります。 立法を私達の手で変えられるようにして欲しい。 私達に政治への責任が跳ね返るようにして欲しいのです。 今はまだ私達にはどこか他人事です。 ある意味で政治に関心がありません。 首相は大統領のように権限が集中していないので、自らの才覚で変化が起こせないばかりか、変化も起こそうとは考えない人もいます。 しかし、物事は変化なくして発展はしません。

立法の次に改革して欲しいのは行政です。 行政機能は縦に独立しており、無駄が多く公務員もダブついています。 集約すれば、行政はもっとスリムになるし、経費も現状より少なく出来るし、実効性もあります。 その要になるのはITの力です。

この力を最大限に使えば、かなりの行政機能が効率化され、矛盾や無駄も発見され、公務員数も削減出来るだけでなく、コストも下げられます。 どうして立法は中心になってこれを進めないのか、これにメスをいれないのか、理解に苦しみます。 それだけ過去からのしがらみが強いのだと思います。 今回の新型コロナウイルス騒ぎでも、ITの力は在宅やWeb会議などで実用に使えることを証明しています。 もし今が100%でなくても、使い続けていればやがて100%になります。 日本人は使い慣らし、改良を加え、当初より優れたものに出来る能力が高い国民です。

スリムな行政を目指し、余った人材はこれからの将来への発展の為に働けるようにすればいい。 今回の国難を新しい始まりにすればいいと私は思います。 従来とは異なる働き方、価値観、やり方、人中心の仕事、そんなものが求められると感じます。 変化に対応することが繁栄の要だと思います。 そう考えると、決して悲観的になることもありません。 ピンチでもあり、チャンスでもあります。 何事も良くすることが重要だと思います。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学