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天命 第185号

西暦では2017年、和暦では平成29年、酉年が始まりました。 今年はどんな一年にしたいか、そのことを毎年考えるのですが、なかなか思い描いたようにはならない のも事実で、それでも毎年懲りずに必ず考えています。

今回のテーマは「天命」です。 天命と聞くと、自分の定められた寿命や境遇、或いは職業などを意味することが一般的だろうと思います。 しかし、よく調べてみると、もう一つ、天から与えられた命令とか、天から人間に与えられた一生をかけてやり遂げなければならない天からの命令という、不思議な意味も書かれてあります。

前者のことはよく理解できますし、皆さんも考えたことが一度や二度はあるかと思います。 しかし、後者の 方については考えたことがある人は少ないと思います。 そもそも、そんな考え方をして生きている人も少ないと思います。

よく考えてみると、私達は人間としてこの地球上に現代人として生まれ、アジアの小さい島国である日本という国に、男として生まれました。 この当たり前のような事実が、考え出すと実に奇跡の何十乗にもなる確率なのではないかと考えます。 それ程、凄いことなのです。

この21世紀の中だけでも、私個人の存在は凄い確率で生まれていますし、草花でもなく、牛や猫や犬でもなく、地球の歴史上、最強の人類として機能も欠けることなく、ごく普通の人間として生きて来ましたが、実はそこに何か意味があるのではないかと思うこともあります。 いろいろ考えてみると、もっと大きなこの世界にも無駄なものが存在しているとは思えなくなります。 必要か必要でないかは立場で違うだけで、大きな世界から観れば、それも必要だと思うのです。

生命そのものが、意味なく存在するとはとても思えないのです。 そこには何らかの意志というか、力が働いていると思います。 でなければ、宇宙とか、銀河系だとか、人類とか、体の中の不思議で完璧な仕組みなども、存在する理由もない筈です。 これらを否定する事は、今、生きている自分達さえも否定し、存在理由すらない筈です。 しかし、現実に、私達は今こうして生きています。それも多くの生物と共にです。 こうなると、存在自体に意味があるのではないかと思う方が自然だと思うのです。

そもそも、人の肉体にも無駄なものは備わっていないと思うのです。 無駄なら、進化の過程で退化していくのが進化です。 だから、私は全てには無駄がなく、それ以上の意志というか、偶然ではないものがあると思うのです。

昨年、三人の知己や親しい友人が亡くなりました・・・ 突然だったり、病に倒れたりと、それも知らせを貰った時にはこの世を去っていたりでした。 何の心の準備もしていない間に旅立っていました・・・ 人の命のはかなさ、虚しさ、あっけなさ、無念さ・・・を感じました。 あと何年、自分は生きられるのだろうか?、病気で死ぬのは嫌だなとか、眠るように逝きたいなとか、そんなことを考えたりすることも増えました。

私と同年代の方は多かれ少なかれ、そんなことを考えたりすることが増えて来ます。 何故なら周囲で徐々に死というものに接する機会が増えて来るからです。 こうなって来ると、そろそろ何がしかの準備を始めていた方がいいのかなとか考え始めるのです。 そして、最後には自分の番がやって来るのだと思います。

頭で分かっていても、人はなかなか、死への心構えや準備は出来るものではありません。 しかし、理性で考えると、生きていること自体、死へ一歩一歩近づいていることであり、それは明日かも知れないし、十年後かも知れないのです、。 こんなことを考え始めると、自分に与えられた永い人生とは何だろうとか、何をまとめておけばいいのだろうかとか、やるべきことはやったのだろうとか、自分がやらなければならない使命とは何だろう?とか、そんなことを考えることがむしろ自然であり、且つ、大切なことなのだと思いめぐらすのです。

自分の欲の為に生きるのか、人を少しでも幸せにする為に生きるのか、結局はこのあたりに行き着くように思います。 人は加齢と共に角が取れ、丸くなると言われますが、あながち嘘ではないなと思います。 徐々に人生の終着駅を考えたり、感じ始めるとそのようになっていくようです。

話を少し戻しますと、この天命という言葉は天職という言葉に似ています。 自分がやるべき仕事、やらなければいけない仕事ということと似ていますが、むしろ形でなく、仕事への姿勢ではないだろうかと思います。 こう考えると、立場や境遇や年齢や成果に関係ありませんし、いつでもどこでも実行できる話です。

私は若い就職希望者に、やりたい仕事を聞く機会が多いのですが、どんな生き方をしたいですか?と聞くと、大半の人がそこそこ幸せで、そこそこお金があればいいと答えてくれます。 これが今の若者の縮小ですが、それは見た目や外見であり、本質的な価値観ではありません。 仕方がないと思います。 人生の経験がこれから始まる段階ですので。 これらは手段であって、目的ではありません。 手段が目的になっている人が多い。

私は、自分はこう生きたいというものがあって、次にそれを活かしたり伸ばすために仕事や役割があると思います。 結局、それも欲なのでしょうが、天命というものに少しでも沿っているのではないかと思います。

最後になりますが、今年はどんな一年にしたいですか?

生まれてくる命、天寿を全うする命、そこには毎日の生き様があります。 欲を少しでも減らし、悔いなく生きる、今、この瞬間を一生懸命に生きる! このことだけは全てを表しているように思います。

今年も頑張ります! 皆様にも良い年でありますように。