vol.156 - 「生成AIを考察してみる - ITエンジニアの視点から考える」

はじめに

2022年11月にChatGPTが登場して以来、我々の世界は生成AIによって変貌しました。

テキストや画像、音声、さらにはソースコードを「生成」できるようになったAIは、瞬く間に我々の日常に浸透し、その可能性と同時に多くの議論を巻き起こしています。

その進化のスピードゆえに、我々は生成AIの本質をどこまで理解しているでしょうか?

単なるツールの一つなのか、我々の仕事を奪ってしまうのか、一歩立ち止まって「生成AIとは何か」、「我々に何をもたらすのか」を改めて考察する時期に来ているのではないでしょうか。

本記事では、エンジニアからみた視点も交えつつ、生成AIの現状や人間との関係性、そして未来への示唆について考察してみたく思います。

1. 「今」を整理してみる

まずは、現状の生成AIの能力と限界を整理してみます。

何ができて、何ができないのか、ニュースやSNSなど、様々な媒体で目にする華やかな側面だけでなく、その技術的な制約も理解することを第一歩としまｓ。

1.1 驚異的な「生成」能力の正体

生成AIとは、学習したデータに基づいて、新たなコンテンツ（テキスト、画像、音声、動画、コードなど）を自律的に生成するAIモデルの総称です。これまでのAIが「識別」や「予測」を主なタスクとしていたのに対し、生成AIは「創造」の領域に足を踏み入れた点で画期的です。

その中核にあるのは、大規模言語モデル(LLM)や拡散モデル(Diffusion Model)といった技術です。

LLMはインターネット上の膨大なテキストデータから言語のパターンや文脈を学習し、人間のような自然な文章を生成します。一方、拡散モデルはノイズから画像を徐々に作り出すことで、写実的な画像やイラストを生み出します。

これらのモデルは、以下のような能力を発揮します。多岐にわたる分野での活用が期待されています。

• 自然な対話と文章生成

  質問応答、文章要約、翻訳、記事作成、詩の生成など。まるで人間と話しているかのような自然な対話が可能です。

• 多様な画像・デザイン生成

  テキスト指示（プロンプト）から、写真のようなリアルな画像、イラスト、ロゴ、アート作品などを生成します。

• プログラミング支援

  コードの自動生成、デバッグ、既存コードの改善提案など、ソフトウェア開発の生産性を飛躍的に向上させます。

• 音楽・音声生成: テキストや既存の音楽から、新たな楽曲や効果音、ナレーションなどを生成します。

1.2 過熱する期待と限界

しかし、生成AIは万能ではありません。その進化のスピードによって、過剰な期待が先行する中、その限界も露呈しつつあります。

顕著な限界の一つが「ハルシネーション（幻覚）」と呼ばれる現象です。

生成AIは事実に基づかない情報をあたかも真実であるかのように生成することがあります。これは、AIが「もっともらしい文章」を生成することに特化しており、真偽を検証する機能を持たないためです。

そのため、生成された情報のファクトチェックは、依然として人間の重要な役割です。

また、生成AIは学習データに依存するため、以下のような課題も抱えています。

これらの限界を理解した上で、生成AIを適切に活用することが極めて重要になります。

• 情報の偏りやバイアス

  学習データに含まれる性別、人種、文化的背景などの偏りが、生成されるコンテンツにも反映される可能性があります。

• 最新情報の欠如

  特定の時点までのデータで学習されているため、それ以降の最新情報やリアルタイムの出来事には対応できません。

• 創造性の定義

  生成AIが「創造」しているのは、あくまで学習データのパターンに基づいた「再構築」であり、人間のような感情や意図、真のゼロからの発想とは異なります。

• 複雑な推論の苦手さ

  論理的思考、複雑な問題解決、深い洞察を伴うようなタスクは、現在の生成AIにはまだ困難です。

  
  

2. 生成AIと「人間」の関係性を考察する

生成AIの登場は、人間とテクノロジーの関係、そして仕事や創造性に対する考え方を根本から問い直しています。AIは果たして人間の敵なのか、それともパートナーとなるのか、どういう関係性になるのかを考えてみます。

2.1 「仕事を奪う」AIか、「仕事を拡張する」AIか

生成AIの話題で最も多く聞かれる懸念の一つが、「AIに仕事が奪われる」というものです。

定型的な事務作業、単純なコンテンツ作成、カスタマーサポートなど、確かにAIによって効率化され、人間の介入が不要になる領域は増えていくでしょう。

しかし、歴史を振り返れば、新たな技術は常に産業構造を変革し、古い仕事が消える一方で、新しい仕事が生まれてきました。生成AIもまた、同じような変革の波をもたらすと考えられます。

重要な視点は、生成AIを「仕事を奪うもの」ではなく、以下のように「仕事を拡張するツール」として捉えることです。生成AIは、人間がより付加価値の高い、創造的な仕事に注力するための「共創のパートナー」となり得ます。

• 生産性の向上

  プログラマーはコード生成AIで開発速度を上げ、マーケターは文章生成AIでコピー作成を効率化し、デザイナーは画像生成AIでアイデアの幅を広げられます。

• 創造性の加速

  AIはアイデアの壁打ち相手となり、発想の種を提供し、クリエイティブなプロセスを加速させます。人間はより高次元のアイデア出しや、AIでは生み出せない「オリジナリティ」の追求に集中できるようになります。

• 新たな職種の創出

  「プロンプトエンジニア」のように、AIに適切な指示を出す専門家や、AIの出力を監修・修正する「AIトレーナー」など、AIの進化と共に新たな職種が生まれています。

  
  

2.2 「個性」や「感性」の評価

AIが定型的な作業や大量のデータ処理を担う事で、自身の「人間らしさ」を改めて見つめ直す機会を得ています。AIにはできないこと、つまり人間独自の価値とは何でしょうか。

それは、感情、共感、倫理観、直感、複雑な状況判断、そして真の創造性です。

AIが、どれだけ精巧な絵や文章を生成しても、そこには人間が持つ「意図」や「経験に基づいた感情の揺らぎ」はありません。

人間のクリエイターが生み出す作品には、人生観や社会に対するメッセージ、あるいは失敗から学んだ経験がにじみ出ます。これはAIには再現できない、唯一無二のものです。

生成AIの時代は、我々の「個性」や「感性」、そして「人間としての深い洞察力」が、これまで以上に価値を持つようになる時代だと言えるでしょう。AIに任せるべきことと、人間が担うべきことの線引きを意識することが重要になります。

3. 生成AIがもたらす「未来」

生成AIの進化は、これからも続くでしょう。我々はこの強力なテクノロジーとどう向き合い、どのような未来を築いていくべきでしょうか。エンジニアとしての視点も交えながら、幾つか提言を挙げて見ます。

3.1 変化に適応し、「AIリテラシー」を高めることの重要性

生成AIは、現代社会における必須のインフラとなりつつあります。

電気やインターネットと同様に、生成AIを「知っているか」「使えるか」が、個人や組織の競争力を左右する時代が来るでしょう。

そのためには、以下のような「AIリテラシー」の向上が不可欠です。

学校での教育だったり、企業でのリスキリングまで、社会全体でAIリテラシーを高める取り組みが求められます。

• 技術の基本を理解する

  生成AIがどのような原理で動いているのか、何が得意で何が苦手なのかといった基本的な知識を持つこと。

• プロンプトエンジニアリングの習得

  AIに適切な指示を出し、最大限のパフォーマンスを引き出すスキルは、今後の多くの職種で求められるでしょう。

• 批判的思考力

  AIが生成した情報の真偽を見極め、バイアスや誤情報に惑わされないための批判的な思考力や、ファクトチェックの習慣。

• 倫理的な意識

  AI利用におけるプライバシー、著作権、倫理的な問題に対する意識を持つこと。

3.2 倫理とガバナンス

生成AIの強力な能力は、誤情報の拡散、プライバシー侵害、著作権問題、さらには悪用された場合の社会不安など、新たな倫理的・社会的な課題をもたらしています。

IT企業のエンジニアとして、この技術の最前線にいるからこそ、強く認識する必要があります。。

技術の発展と同時に、社会的な「安全弁」をいかに構築していくかが、未来の生成AI社会の健全性を左右するでしょう。

• 透明性と説明責任

  AIの判断プロセスを可能な限り透明にし、その結果に対する説明責任を果たす必要があります。

• バイアスの軽減

  学習データに起因するバイアスを検出し、それを軽減する技術的なアプローチや、社会的な取り組みが不可欠です。

• 法整備と国際協力

  生成AIの利用に関する法規制の整備や、国際的な枠組みでの協力体制の構築が急務です。技術の進化に追いつく形で、社会的なルール作りを進める必要があります。

• 「人間の尊厳」の確保

  AIがどれだけ進化しても、人間の尊厳や基本的な人権が脅かされることのないよう、開発と利用のガイドラインを厳しく守るべきです。

3.3 新たな価値創造への挑戦

生成AIは、既存の枠組みを打ち破り、全く新しい価値を生み出す可能性を秘めています。

例えば、医療分野での新薬開発の加速、環境問題解決のためのシミュレーション、教育の個別最適化、芸術表現の新たな地平など、その応用範囲は無限大です。

我々は、生成AIがもたらす革新的な力に対し、恐れるだけでなく、積極的にその可能性を探求し、社会課題の解決や新たな文化の創造に繋げていくべきです。

エンジニアは、その最前線で技術的な課題を解決し、社会実装を推進する重要な役割を担います。社会科学者、倫理学者、法律家、そして一般市民との対話を通じて、多様な視点を取り入れながら、生成AIの健全な発展に貢献していく必要があります。

まとめ

生成AIは、単なる便利なツールではなく、我々の社会、経済、そして人間の存在意義にまで影響を与える、歴史的な変革のうねりの中にいます。

この変化の時代を生きる我々に求められるのは、生成AIの能力を正しく理解し、その恩恵を最大限に享受しつつ、同時に潜在的なリスクを管理し、倫理的な側面から深く考察し続ける姿勢です。

エンジニアとして、我々は技術の可能性を追求し続ける一方で、その技術が社会に与える影響に責任を持つ必要があります。そして、エンジニアではない全ての人々もまた、この強力なツールとの付き合い方を学び、未来の社会を共にデザインしていく主体となるべきでしょう。

生成AIが切り拓く未来は、我々自身の選択と行動にかかっています。