社長コラム

李健熙

10月25日、日曜日、韓国のサムソン電子会長のイ・ゴンヒ氏が亡くなりました。
韓国では生まれた時を1歳として数える「数え年」で年齢を表すのが多いのですが、満年齢で78歳でした・・・

サムソンといえば世界的なコングロマリット企業であり、製造業に留まらず、重工業、生保、証券、飲食、海運など、情報は少し古いですが2014年度のグループ売上は3050億ドル、純利益が221億ドル、純資産は52995憶ドル、従業員数は48万余りでした。
2019年度では円換算で売上が32兆5892億円、純利益が2兆3613億円余りです。
また、2019年度では円換算で売上高は22兆2567億円、純利益は2兆9996億円、総資産は34兆577億円でした。
1ウォン=0.996円と当時のレートで計算しました。
主要なグループ企業だけでも80社以上もあり、ゴンヒ会長の人生はまさに事業拡大の一生だったと思います。
日本にも日本サムソンという現地法人もあり年商は1000億円を超えています。

海外企業であり、正確で詳しい経営方針や経営方法、或いはどんな将来への姿を思い描いていたかは知る由もありませんが、これだけの大規模な企業体でありながら、イ・ゴンヒ会長が稀有な人物でなければこうも快進撃を続けることはあり得なかったと思います。
私などには分かりませんが、非常に厳しい事業観、経営観があってこその躍進であることは間違いありません。

語り草になっている、「女房と子供以外は全て変えよう」(change everything but your wife and children)というスピーチはとても有名で、非常に分かりやすいスローガンです。
1993年にフランクフルトの某ホテルに、数百人のサムソングループ幹部を集めて行ったグループ企業幹部向け会議でのスピーチです。
この話は「フランクフルト宣言」と後に呼ばれ、この時の経営方針は200ページの本としてまとめられ、全サムソン社員に配られたそうです。
この年からサムソンは「量から質へ」の劇的な転換を目指して、巨大な力が動き始めたのです。

このような主要経営陣を特定場所に集めて、世界的規模の会議を行うことも韓国企業では初めてだったのでではないでしょうか・・・
この1993年当時、サムソングループの収益は2.2兆ウォンでしたが、これから11年後の2004年には15兆7000億ウォン(日本円換算で約1兆7000億円)へと713倍もの急成長となったのです。
元々、この巨大企業の礎はゴンヒ会長の父親の李秉喆(イ・ビョンチョル)氏が築いたとはいえ、長男でも次男でもない三男のゴンヒ会長が、わき目も振らずにここまで築き上げたことは間違いありません。
兄二人もサムソングループに在籍したことがありますが、いろいろな問題が起こり父親から後継者として外されたのです・・・
このお父さんも並大抵の方ではなかったと想像します・・・

この1993年のフランクフルト宣言での新しい経営方針では次の3事項が挙げられたそうです。
1.個人の育成
2.変化は自ら始まる
3.品質管理

生い立ち
イ・ゴンヒ会長の父の名前は、李秉喆(イ・ビョンチョル、1910年~1987年)といい、サムソングループを創業した人です。
出身は慶尚南道宜寧郡正谷面という地方出身者です。
日本の早稲田大学に留学し、商学部を中退して、1936年に友人と二人で慶尚南道の馬山という所で協同精米所を創業しますが、この事業は失敗します。
1938年に今度は慶尚道の大邱で三星商会を立ち上げます。
これがサムソングループの始まりとなります。
今でも韓国では三星サイダーという有名なサイダーがありますが、それと関係があるかも知れません。

ピョンチョル氏は子沢山で4男6女の子供達がいました。長男は李猛熙(音読みは分かりません)といい、次男が李昌熙といい、この次男がサッカリンを日本から密輸したことが発覚し、ビョンチョル氏はその責任を取って1966年にサムソングループの会長を一旦長男へ引き継ぎました。
ところが、この事件に長男の関与があったようで、当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領へ情報を流したようで、このことがきっかけとなりピョンチョル氏は再び会長職へ復帰し、自分の死後は三男のゴンヒに会長を任すことにしたようです。
しかし、長男はピョンチョル氏はいろいろと不満があったようで、財産相続についても裁判にまでなっています。
この遺産相続では敗訴したようです。
その後に長男はサムソンから離れ、食品会社であったCJを引き連れて出て行きました・・・
CJグループと言えば、韓国では大きな食品会社で、グループ企業にも映画製作会社もあるようです。
韓国映画でCJのロゴをよく観ますので、そのグループ企業だと思います。

さて、1987年にイ・ゴンヒ氏はサムソングループ会長に就任します。その時、45歳でした・・・
1993年のフランクフルト宣言もそうですが、この1987年からサムソングループの快進撃が始まるのです。

ゴンヒ会長の経営手腕
私が言うのもおこがましいですが、ゴンヒ会長は恐ろしい程のやり手であり、有無を言わせない軍隊組織のような企業経営だと思います。
短い期間でこれだけの実績を残し、世界的メーカーに育てたのはこのゴンヒ会長だからとしか言いようがありません。
サムソングループだけで、韓国のGDPの15%以上を占めると、韓国の方から聞いたことがあります。
そこに更にゴンヒ会長の3人の娘達も事業家として活躍しており、その事業なども含めると韓国GDPの20%近くの金額になるではないかと先程の方は話されていました。
正にサムソンに何かあれば韓国経済全体の影響は計り知れません。
韓国ではこういった財閥の話が単なる世間話ではなく、巨大な企業群とそれ以外といった格差が生まれていると実感します。
また、日本では財閥というと太平洋戦争以前からの大企業といったイメージがありますが、サムソングループは日本の旧財閥とは時間軸の長さが異なります。
三菱グループは2016年度で全体売上は58兆円で、ライバルの三井グループでも47兆円で、住友グループが35兆円でこれらの三大財閥だけで140兆円の規模となり、この強さは世界でも際立っています。

それでも日本ではこれら大手企業と中小企業の新入社員給与がかなり違うといったことはありませんが、韓国は格差社会であり、TVでもドラマも朝鮮時代のドラマでも観ると直ぐに格差の意味が分かります。
住む家、着ている服、食べるもの、食事風景、言葉遣い、家、寝具、車、会社、役職、付き合う人々・・・こういった場面に少しオーバーでしょうがいろいろな格差を感じます・・・
また、安定した就職先に就職しようと浪人まで若者もいます。
社会全体に競争社会の厳しさを感じます・・・

もし、サムソンに陰りが出始めると韓国社会の先行きに暗雲が垂れ込めることになります。
サムソングループは凄まじい財閥であり、サムソンに勝る他に企業グループはないと思います。
日本も戦後は製品の品質が悪く、安かろう、悪かろうが代名詞で言われていましたが、先人達の汗と努力の賜物で、働きバチに徹してでも自分達の子孫には貧しさから這い上がれるように、何も残っていなかった戦争跡から驚異の経済復興を成し遂げました・・・
また、元々、江戸時代末期から明治時代にかけて富国強兵というスローガンのもとに、いち早く西洋諸国に追いつこうと努力した先人達の経験があります。

サムソンも同じだったと思います。
日本に学び日本に勝つといった目標意識であったと私は思います。
韓国も頑張った結果、大きく成長し、更にフランクフルト宣言のようにサムソン独自の考えで、世界的メーカーになる目標も達成したのは事実なのです。
ライバルはライバルで大変結構なことだと思いますが、友情も同じく大切なものだと思います。
過去は変えることが出来ません。
未来は我々の力で変えられます。
互いがもっと話し合い、譲り合う面は譲り、力を合わす面は協力し合い、未来志向で進むべきだと思います。
しかし、日本人が良く言う「いつまで過去の話を持ち出すのか、ほとほと嫌になる・・」といった気持ちも分かりますが、苦痛を与えた国と与えられた国は違います。この両面の話し合いも互いにもっとすべきです。
近くて遠い隣国と接点は本当に見つからないのでしょうか?・・・
言葉も似ている所も多いし、これだけの日本人が韓ドラを観ているのです。

話が逸れましたが、トップ企業になれば、その先には追いかける目標がなくなり、逆に追いかけて来る中国やベトナムやインドが後ろに続いており、自ら次の目標を創らなければなりません。
韓国もサムソンも次第にそうなっていくと思います。
後ろを観ることは出来ても、もう自分の前には見本がないのです。
ここがこれからのサムソンの課題だと思います。
何を目指すかです・・・日本も同じです。
残されたゴンヒ会長の一人息子であるイ・ジェヨン副会長の責務は今までよりも大きく高く厳しいものがあります。
これから何が必要で、何を提供して行くのかです。
日本の石炭産業も、造船産業も、家電産業も、車産業も同じサイクルでした・・・
アメリカだってそうでした・・・
しかし、アメリカは今や情報産業のメッカです・・・
同じようにサムソンの将来はサムソンが何を新しい目標に定めるかで将来は決まると言っても過言ではないでしょう。
私は日頃から韓国には日本が作れないストーリーを創るセンスがあると観ています。
このセンスの良いストーリーと物つくりの上手い日本がコラボすれば、面白い事業展開が出来る可能性があると思っています。
国境を超える多様性ある特異な部分を合せれば、かなり面白い企業群も創れる可能性があります。

例えば、サムソンとソニーを比較してみます。
ソニーも独自のアイデアや新しい付加価値で世界に大きな足跡と感動を社会へ与えました。
ウォークマンなど誰が想像したでしょうか?・・・
あのダイソン創業者が世界に大きな変化を与えた製品として挙げています。
ウォークマン一種で世界中の若者のライフスタイルを変えてしまいました・・・
こんな製品はそれまでの日本にはありません。
世界中の色々な人達の生活スタイルを変えたのですから。
あのカラヤンでも愛用していたのですから・・・
永い間、ソニー(SONY)はアメリカの会社だと思っていたアメリカ人も一部にはいました・・・
サムソンもサイズの異なるスマホを作り、圧倒的に若者達の人気を得ましたが、大きく社会のライフスタイルを変える所までには至っていません。
ステーブジョブスが存命中には決して妥協はしない、画期的なデザインや機能の独創性には圧倒されました。
決して妥協しない独裁者のような経営スタイルです。
ゴンヒ会長も近い方だと思います。

これら3社に共通する経営者は経営方針に妥協せず、最後まで物作りにこだわり、どこよりも高品質で独創的なものを世に出そうと生きたことです。
現代は社会価値の変化もあって、適当に心地良い、皆が無理しないルールで物を考え作ろうとする風潮が強く、競争もしない、優劣も付けない、そんな社会です。
最後まで決して妥協しない、独裁的な経営姿勢も避ける、より多くの意見を聞いて、なるべく多くの賛同を得て、世の中に製品を出すことがヒットするとは限らないのにです。
ゴンヒ会長など世の中では血も涙もないように語られていますが、真の姿は私などには知る由もありません。
私も自叙伝を読んだことがありますが、こんな厳しい経営者では幾ら高給で迎いられても永くは働けないないと思ったものです。

今、日本では行政の合理化がかなり遅れていて、無駄なお金や時間を浪費されています。
税負担が軽減できることが分かっていても、その改革はどの大手企業も進言したり、声を上げることもありません。
行政機関に行くだけでも交通費や書類購入費用がかかり、どうしてIT技術を使って省力化、無償化出来ないものかと役所内で永い待ち時間の中で思います。
役所の生産性の低さを痛感します。
必ずこういった改善策も大手メーカー系のIT会社に委任されますが、こんなものは今時、仮想技術やクラウドシステムを使えばコンパクトに作ることが出来ます。
大手以外の企業でも試験を徹底してやれば実現できます。
これからは従来の形に捉われず、果敢にチャンスを多くの企業へ開放するべきだと思います。
私も経営者ですが、ゴンヒ会長の生き方を観て、最近のいい加減さ、仕事の任せ方、確認のやり方、成果の評価、事業の将来の姿などを描いた上で、道を定める必要があるように思います。

これから李在鎔(イ・ジェヨン、52歳。サムソン電子副会長)の責任と行動がサムソングループの命運を握ります。
この副会長を軸にサムソングループは動いていくでしょうから、父のゴンヒ会長からどのような経営指導を継承したのか小生には分かりませんが、超巨大企業グループの未来はこの副会長の手腕にかかっています。
今後のサムソングループが更に栄えるか、それともその逆になるか、私も静観したいと思います。
当然、自社についても同じ事が言えます。