創薬でAIを利用する動きが本格化しています。
製薬会社による創薬(新しい薬をつくること)には莫大な資金が必要になります。
新しい薬をつくるのには膨大な量の調査研究を重ねると共に開発期間も長期に渡ります。
しかも創薬事業は新しい薬を開発しただけでは利益は生まれません。
医師と患者に使ってもらって初めて利益が出ます。
ということは、製薬会社は開発期間中、優秀な研究者・医師たちに高額報酬を支払い、研究・開発コストを負担しなければならないのに、開発途上では収入はゼロです。
そこで日本を含む世界の製薬メーカーは、劇的にコストダウンできる開発手法を探してきました。その有力な手法のひとつが、AIです。
製薬業界はいま、AIをどのように創薬に役立てようとしているのでしょうか。
世界の製薬業界に下記のような「変革が起きつつある」と考えられます。
(1)100年以上続く老舗の製薬メーカーですら、もはや自力では新薬を開発できない。
(2)多くの製薬会社がベンチャー企業や大学などの研究機関の“シーズ”を買収するなどして新薬をつくっている。
(3)化合物や動物実験を基礎とした旧来の創薬事業はもう通用しない。
では製薬メーカーは何をしなければならないのでしょうか。
それは、病気に関係する遺伝子情報から、研究対象の“シーズ”がどれほどの確率で成功するかを見極め、高い成功率を示した“シーズ”にのみ投資を行うことです。
つまり、可能性がゼロでない”シーズ”を片っ端から研究・開発していくのではなく、研究・開発する前に「遺伝子情報」を使って成功率を判定し、高い成功率を示した”シーズ”のみに投資していく、というわけです。
製薬業界は最早「AIを知っている」レベルから抜け出し、「AIを使いこなす」ステージに進まなければ生き残っていけません。
製薬メーカーがAIの導入に踏み切る場合、創薬事業のどの部分をAI化したらいいのでしょうか。
創薬事業のAI化で先行しているのかアメリカです。
アメリカではヒトゲノムを解読することで、がんの原因を遺伝子レベルで究明しようとしています。
遺伝子レベルでがんなどの病気の原因が特定できると、がん患者の体質や病状に合わせた薬を開発できるようになります。
こうした新薬をつくり出す医療のことを「客観的データに基づく個別化医療」と呼び、今後の製薬業界の主流になるでしょう。
「客観データに基づく個別化医療」の実現でネックになるのは、遺伝子レベルでのがんなどの病気の原因特定です。
この「特定」とは具体的には、1人あたり30億個のヒトゲノムを解析しなければなりません。
つまり、AとBの2人のがん患者がいたら、Aの30億個のヒトゲノムを解析し、それとは別にBの30億個のヒトゲノムを解析することになります。
がん患者はA、B以外にもC、D、E…とたくさん存在するので、その全員に「客観データに基づく個別化医療」を提供することは、スーパーコンピュータを使ってでも対応しきれません。
しかし、AIはその30億個のなかから、効率よく特徴をみつけだす作業が得意です。
例えばAIはすでに、4万人が入場しているスタジアムのなかから特定の1人をみつけだすことができます。
囲碁などでは何十億通り考えられる局面から、盤面最善の着手を間違いなく打つことができます。
「AIに何をさせるか」ではなく、「AIにさせる仕事を探す」段階に入っていると言っていいでしょう。
ところがそれすら問題にならないのです。というのも最近、ヒトゲノムの情報を入手しやすくなったからです。
情報(データ)さえあれば、それを学習させることでAIは適切な個別化医療を提供できるようになります。
このように、「客観データに基づく個別化医療」を患者に提供することは、もはやAI抜きには考えられません。
日本国内の製薬メーカーが持つ特許数や承認された医薬品の数も、ここもと15年で減少傾向にあることは非常に危機的です。
製薬メーカーが新薬を開発しづらくなったのは、新薬の「元」となる化合物が枯渇してきたためです。
製薬メーカーはこの難局をどう乗り越えるために、下記の3項目がカギを握ります。
(1)バイオ医薬品開発へのシフト
(2)オープンイノベーション
(3)AIなど新技術を持つベンチャー企業との提携またはM&A(合併と買収)
海外の製薬メーカーではすでに、治験・製造・MR(医療情報担当者)の活動・販売の5分野でAIを導入し、その結果、コスト・労力・開発期間の削減に成功した事例が報告されています。
AIについてよくいわれるのは、日本人は「AIによって奪われる職業・仕事」について気にしすぎる傾向です。
AIが便利になれば、企業はAI投資を増やし人件費を削るようになる、という見方ですが、こうした雰囲気が世間に蔓延すれば、AIは歓迎されない技術になってしまいます。
しかしAI先進国のアメリカ・中国は、AIが世の中を劇的に改善すると信じて研究開発を進めています。
この差は非常に大きいのです。
こうしたマインドの違いは、予算付けでも開発モチベーションにも影響します。日本の医療は実は、AI化の前段階であるIT化でも遅れています。
例えば電子カルテを導入している医療機関は3割強にすぎないという統計があります。
また患者のスマホと医師のパソコンをインターネットでつなぐオンライン診療(遠隔診療)に対してもネガティブな意見を述べる医師も少なくないようです。
日本の製薬メーカーが創薬AIの分野でこれ以上遅れをとると、そこから挽回することはきわめて困難になります。
ユーザ企業のAIやITに対するアレルギーを解きほぐすことが、IT業界関係者の重要な責務と考えます。
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