変わった学習法 第297号
- 1 日前
- 読了時間: 10分
更新日:9 時間前
私がIT業界で働き始めた頃、よく頑張ったなあと自分を褒めたい程に勉強した時期があり、
その後もその時を思い出して勉強を続けたものです。一言で言えば、人とは違うやり方を経
験したことが自信になったのです。教科書的な勉強法ではなく、自分らしい違うやり方で効
率的に勉強した訳です。どうしても時間は誰にも平等な資源であり、時間の使い方自体を工
夫しないと仕事の質も生産性も上がらないからです。
私は技術者の現役ではありませんが、今でも技術者っであれば品質が最重要だと考えていま
す。生産性は品質が伴っていてこそ成り立つ条件ですので、最重要なのは品質であり、品質
の伴わない生産性などあり得ません。例えば、日本の車も品質が高いからこそ生産量も生産
性も問われる訳です。ITの世界では品質が何よりも最重要だと言えます。
さて、私が勉強する際に人と違うやり方をしたのは経験と時間の短縮が目的でした。それを
どうやって実現したかは簡単に言えば勉強の方法論しかありません。ただ、それが普通はや
らない方法だったので、私も当初は混乱しました。途中で無理かなと思ったりすることもあ
ありましたが、目標を達成するにはそれしかないので頑張った訳です。
その目標とは資格を取ることと職種転換、そして年下先輩達を追い越すことでした・・
無茶な目標でも達成し出来た時の達成感や喜びには大きなものがありました。何故なら無理
かも知れないと思っていた時もあったからです・・
それではその話を進めます。
―IT業界以前の私―
私は一般的な大学生ではありませんでした・・卒業後は企業面接も受けましたが、学生時代
にアルバイトで知り合った方から誘われて8名でハウスクリーニング業を始めました。その
仕事は身体を使う仕事で、朝は早くから夜は遅くまで身体を動かせば売上になる仕事でした。
当時の大卒初任給の3,4倍は稼いでいました・・しかし、順調だった仕事も第一次オイル
ショックが襲い、私達の仕事も激減して一人去り、二人去り・・やがて解散することになっ
てしまいました・・
夢破れ、故郷へ帰ることにしました。
故郷へ帰り、アルバイトをやりながら就職活動もやっていましたが、なかなか期待出来る仕
事は見つかりませんでしたが、あちこちにお願いしていた私の履歴書がある中小企業の目に
留まり、面接を受けて就職が決まりました。
その会社の社長さんが高校の大先輩だったという縁でした。会社事業はポリエチレンフィル
ム製造会社でしたが、新規事業開拓もやられており、茸の人工栽培という珍しい事業に取り
組んでいて、私はその仕事にどうかということでした。
仕事は面白くて楽しかったのですが、市場価格が安くて通年では採算が合わず、やがて事業
閉鎖が決まり、何名かの若い社員が失職しました・・人生で2度目の挫折です。
ーIT業界に入った経緯ー
その失業中に妹が奈良に住む姉宅へ遊びに行くことがあり、私も関西には行ったことがない
ので付いて行ったのです。
その時、義兄と今後の話になり、これからはコンピュータが面白いと言われたのです。しか
もハードよりもソフトの方が市場がこれからは大きく伸びると・・
こちらにいる間にも新聞で募集記事が出たりしているから、面接を受けてみたら?と言われ
たのです。すると新聞記事にそんな募集記事を見つけたので、履歴書を買い求め記入し翌日
に直接その会社へ出掛けてみたのです。
受付に書類を出したら待つように言われ、面接を受けることになり、その場で採用が決まっ
たのです。
今、考えてみるとあり得ない話なのですが、当時はそれほど勢いのある業界だったのです。
これが1976年の春でした・・入社した会社は当時創業9年目、社員数1100名、売上
70億円でした。後年、この会社が独立系ソフト会社として日本で初の上場を果たすのです。
人生の出会いとは分からないものです・・たまたま奈良に遊びに来て、たまたま新聞記事を
見て、たまたま履歴書を持っていったら面接をして貰い、そこで採用内定を貰ったのです。
そんな時代だったのです、私が当時云われていたコンピュータ業界に入れたのは・・
―先輩社員―
私は未経験だったので職種はオペレータから出発しました。仕事先は客先で、先輩社員から
一から教えて貰いました・・
見るも触るも初めてのものばかりで、広いコンピュータルームには磁気テープ装置、磁気デ
ィスク装置、カード穿孔機、コンソール、大型コンピュータ本体などがあり、初めてそれら
を見た時は大きな緊張と感動を憶えました・・これが電子計算機かあという驚きでした・・
毎日が覚えなければならないことばかりで楽しくて充実していました。そんな仕事の合間に
マシンルームに隣接した休憩室で先輩社員達がプログラムの勉強をしていたのです。
先輩達はプログラマーになりたいので勉強していると話していました。私は入社して間もな
いこともあり、毎日が覚えることばかりだったのですが、そんな話を聞いて驚いたのです。
先輩達は次のステップを目指して勉強していたのです・・職能も上げれば、給与も上がると
も話していました。私より年下の先輩達が次のステップを目指して勉強していることに驚い
たのです。この事が私が勉強を始める大きなキッカケになった理由です。
―私の決意と勉強法―
オペレータの先輩達には専門学校卒業者が多く、プログラミングも学校で習っていて、自分
達でプログラム課題に取り組んでいました。私は本来の仕事を覚える事が先で、そんな余裕
もなかった程です。直ぐには先輩達のような余力がありませんでした。しかし、先輩社員の
話を聞いて自分の今後について考え始めたのです・・
特にB勤シフト(午後3時から夜11時まで)の時の帰りは最寄駅に着くのが夜の12時を
回っていて、そこから会社の寮まではバスも終わっているので、徒歩で30分はかかって寮
まで帰っていたのです・・よく星が輝いている夜空を見上げながら、その時の切ない気持ち
を情けなく思ったものです・・何で、大阪まで来て俺は何をやっているんだろうかと・・
この時の気持ちは今も忘れられません。
間違いなく、将来へのモチベーションになったことは事実です。
そんな思いもあって、私もオペレータからプログラマーになると決心したのです。
先輩達との年齢的ハンディもあり、どうすれば先輩達に追いつけるか、追い越せるかを考え
ました。そして、プログラマーになれると言われていた情報処理2種資格を必ずや一発で合
格してやろうと決心しました。
その時に考えた具体的なことは次の各項です。
・2種試験に一発で合格して職種転換を申し出る
・勉強して早く先輩達に追いつき、追い越したい
・私は年令が上、先輩の2倍勉強しても大した事にはならない
・だったら先輩達の3倍勉強しよう
・でもどうやれば3倍の勉強が出来るのか
最後の自問が一番の難問でした。
時間的に3倍も勉強することは不可能だし長続きもしない。
勉強のやり方を工夫するしかない。
考えた末の結果はとても簡単だった
勉強の考え方を変えて量ではなく質を変える
その結果は一度に3言語を覚える!
これが私の結論でした。
プログラム言語は客先で使われているCOBOL,ASSEMBLER、PL/Iの3種類。
先輩達は皆、COBOLだけを勉強していた
教科書がないのでお客様に最初は教えて貰えるかお願いした
勉強始めには頭が混乱した・・
投げ出したくなる時もあったが次第にプログラムが分かって行った
そして、年に一回の情報処理2種(今の基本情報処理)を受験
プログラム問題では割と簡単だったPL/Iを選んで解答
何ケ月後に合格発表があり、会社からも祝電が届いた
合格後、マネージャーへ職種転換をお願いした
承諾が出て、新しい常駐先へ異動することが決定
ところが問題が発生した!
新しい仕事のプログラム言語は何と勉強した言語とは違うFORTRANだった
オペレータ勤務をA勤(昼勤)に替えて貰い、配属前に自社で新言語の特訓
晴れてプログラマー時代が始まった!
―更なる巡り合わせ―
プログラマー生活に慣れつつあった1年後に突然、まさかの驚きが待ち受けていた。
新しい常駐先から経歴の永い先輩が配属先の転向予定だったが、業務の都合で異動困難に
なり、一番配属の浅い私に先輩の移転先業務が回って来たのです。
しかも、物流会社の新システム企画という、未経験でレベルの高い案件でした。
先方先へ出向き、面談と業務内容を聞き、承諾を貰い、私は初めてシステムエンジニアの
業務に就くことになったのです。普通はあり得ない案件でした・・
私はそれから書籍も近いものを買い求め、自分なりに懸命に勉強しました。
即戦力として無理でしたが、一生懸命さを買って頂きNGはその後も出ませんでした。
私はそれ以降の業務はずっとSEとして働きました。
いろいろな顧客先で経験を重ね、同業他社やコンピュータメーカーSE達とも仕事を一緒
にしました・・
また、顧客先への企画提案活動もやり、プレゼンテーションも結構やりました・・
私は運が良かったと思います。
その後も資格を取り、自社の海外研修にも行かせて貰いました。
更にはグループ会社の経営者までやらせて貰いました。
この業界で既に50年間は働いています。
―私の考え方や勉強法―
私は出来る、出来ないよりもやったことがない事でもやれる人はやれると思っています。
それは自信の有無ではなく、自分で先を切り開ける人か否かで決まるからです。
例えば自分にない知識は勉強すればいい。それも時間がないなら早くやれる方法を考えれば
いい。誰にでも初めてはあるのですから。その事をいちいち言う必要もありません。
回りは見ていれば分かります、その事は。問題はその後です。努力しているかしていないか
が大事なのです。中学、高校では一生懸命に紙にまで書いて覚えた筈です。
私は本当の勉強は社会に出てからだと思います。社会に出てからが本当の人生なのです。
本当の人生では1年生もいれば、私のような50年生もいるのです。
どれだけ勉強したってこれでもういいと言う学科などはありません。
生きていること自体が勉強なのだと私は思っています。
折角の一度しかない人生です。途中で休んでもいいので、ゆっくりでもいいので、
自分を伸ばして生きて行きましょう。
分からない、やったことがない、だからこそ挑戦しましょう。
秦しい技術や知識を身に付けて行きましょう。少しずつでもいいのです。
動物だって早くは走れる動物もいれば、カタツムリのように遅くても翌日には移動して
いなくなっているでしょ。
生き方は人それぞれです。でも頑張ってみましょう。
-AIの活用ー
今やAIは強力なアシスタントになっています。AIの回答は質問に応じて回答をしてくれ、
そのまとめ方も質問者の要望に応じて対応してくれます。
勿論、もっと具体的にシステム設計や構築も出来ます。質問やお願い事をして人の具体性に
応じて回答してくれます。勿論、有料版や無料版もあり、機能さも品質も異なります。
それでも要は聞き手次第ということです。より深く具体的に要望すれば、それに応じて回答
してくれます。
ある時、AIに判断もお願いしたことがありますが、AIの回答は、それは私の仕事ですよ
と返答されました。そうだろうとは思っていましたが、どのように回答するだろうかと興味
があったので、その答を聞いて少し安心しました。
しかし、AI自体のプログラムを変えれば、可能になるのではないでしょうか・・
AIと仕事をするにはこのジャッジが我々人間の仕事です。
結局は聞き手次第、利用者次第で回答も変わると思います。
それでも、判断は求める質問には答えてはくれません。
比較検討まではやってくれますが、それ以上は人間の仕事なのです。
知識にとっては強力なアシスタントになることは間違いありません。
AIは我々人間の世代に関係なく、かつての携帯電話や今のスマホのように最新機能は使え
なくても、社会機能として拡がるのは避けられないと思います。
従来の勉強法もありますが、これからはAIを上手に活用して教育に役立てる。
そんな賢い勉強法を身に付けることで違いが生まれて来るように思います。
新しい道具にはまず使って慣れることです。
コメント