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深い悲しみ 第64号

11月の本コラムでは実父が亡くなったことを取り上げましたが、更に、新たな悲しみが襲って来ました。 昨年はこんな不幸が多い一年となりました。 それでも特に、今回は大きなショックを受けています・・・

私の人生の中で、実に、半分の期間、親交のあった友人、というより片腕であったこともあり、戦友でもあるM氏が十一月に亡くなっていました・・・ 享年は54歳、私より2つ下でした・・・ その訃報を知らなかったこともあり、いきなりでショック、虚ろな気分です・・・ 神様はどうしてかくも善良なる人間を先に召しだされるのでしょうか?・・・

つい先日の夜、帰宅してみると手書きの喪中ハガキが一枚、郵便受けにありました。 少し前に実父が亡くなった旨をM氏宅へ送ったので、先方にも不幸があって、慌てて手書きにしたのかなと思いました。 しかし、次の瞬間、我が眼を疑いました・・・ 何故かと言うと、差出人が本人ではなく息子さんだったからです。 慌てて文面を見ると、そこには紛れもなくM氏のことを亡き父として記述されてあったのです・・・

茫然自失・・・ 言葉が出ない・・・ 「何で?・・・どうして?・・・」と思うのが精一杯でした。 11月に亡くなっていたなんて、何故、もっと早く知らせてくれないんだ??!! 一体、何があったのだ???? ・・・・・

後日、私は彼の家に行きました。 そこで間違いなく、本人の遺影と遺骨を見ました・・・ 信じようとしても信じられない気持ちでした・・・

奥さんとM氏の状況や経緯を聞いて、初めて全容が分かりました。 彼は(以降M氏のことをこう呼びます)生前からお酒が好きだったので、永い間に徐々に内臓に負担をかけていたのです。 健康診断もかなりの期間、受診していなかったので、発見や治療が遅れた原因でした。

彼には前の会社で専務を担当して貰っていました。 私が某IT企業での社内創業的な法人を立上げる際に、彼に、「一緒にやらないか?」と声をかけたら、その場で「やる、やるっ!」と返事をしてくれたのです。 元々、そのIT企業に入社した時の最初の上司が私だったのです。 そこからの付き合いでした。 性格が温厚で、私が持っていない優しさも持っていました。

私は10年間、その会社をやりましたが、途中で2度、彼は会社を辞めました。 一回目は、お互いの考え方が合わない部分が次第に大きくなって、これでは一緒にやっていられないと、去って行きました。

それから、3年ほど経った頃でしょうが、どうしても彼のような忌憚のない忠告をしてくれる、人として信用できる、そんな片腕がいなくて苦しい思いをしていましたので、彼に何度となく会い、戻ってくれるように頼みました。 最初は頑なに怒っているように見えた彼でしたが、徐々に心を開いてくれたのです。 私も隠し事は何もない程、正直に、自分のことを話しました。 そして、とうとう私を許してくれ会社に戻って来てくれました・・・

それから、暫くは何事もなく過ぎました・・・ その間に息子さんが府立高校に合格しました。 その時の嬉しそうで喜んでいる彼の姿を今も憶えています。 親として本当に嬉しかったのだと思います。

ところが暫くして、会社を途中で抜けて帰りたいと頼まれました。 そんなことが何回かあり、彼も事情を話してくれました。 それは、息子さんが高校へ行かなくなったという話でした。 どうしてそうなったのか、原因や対策が分からず随分と悩んでいました・・・ 更に娘さんのトラブルも起こっていました。 その頃が一番しんどかったのではないかと思います。

原因が分からない、これといった対応策が分からない、あちこちに相談しても解決策が見つからない・・・ こんな気持ちの中、お酒に向かう機会が増えたのも自然なことだったのかも知れません。

そんな状況が続いた後、ある日、彼から話がありました。 それは会社を辞めたいという話でした。 私は彼の話を聞いて、彼は偉いなあ、どこの父親よりも偉いなあと感心しました。 それはこんな理由なのです。

「うちの息子は高校を結局は中退しました。このままでは中卒ということで、世間に出て苦労するに違いない。親として忍び難く、何か出来ないかと悩んだ末、自分の力で直かに出来ることを教えてやりたいと決めました。最終的には息子次第だけれど、やってあげたい」と・・・

今どき、息子の行く末をこんなにまで案じ、今の自分の職を投げ売って自分で教えることを選ぶ父親がどれ程いるでしょうか?・・・ 本当に大変な選択だったと思います。 そんな善良過ぎる父親が早く逝ってしまうのですから、どこか納得出来ないのです。

もっと生きていて欲しかった・・・ 若過ぎる・・・ 今、こんな声が彼の死を知った知り合いから起こっています。 皆、事実は事実として捉えようとしているけれど、実感がないと思います。

どこかのお坊さんか誰かが言っていましたが、「幸せとは寿命の長い短いではない。短くてもどれほど皆に愛されていたのかが大事なのです」 正にそう思うけれど、本音はもっと生きていて欲しかった・・・

少し短い一生ではあったけれど、悔やんで悔やんでも命を取り戻すことは出来ません。明日は我が身かも知れないし、いつお迎えがやって来るかも誰にも分からない。 そうならば、そんなことに一喜一憂することなく、今という瞬間、瞬間を、ただただ、懸命に生きることにだけに集中することが大切なのだと思います。 難しいことですが、そんな生き方が繋がって、何かを人生の中で作り上げて行くことが出来るのだと思います。

人生は時間の長短ではなく、生き様なのだと思います。 私は彼の分まで生きることが一番の供養だと思っています。

安らかに・・・ この世で出会えたことに心から感謝しています・・・ ゆっくり休んで下さい。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学