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学問への興味 第278号

  • 執筆者の写真: 会長
    会長
  • 2024年10月1日
  • 読了時間: 9分

更新日:2025年5月20日

私自身は、どちらかと言えば理系人間ですが、高校時代は化学(バケガクと私達は読んでいました)だけは全くの苦手人間で成績も悪かったのですが、一方、物理については勉強は大してやってもいないのに現実感があり、馴染みやすくて分かり易い面も多く、割と出来た方ではないかと思っています。

化学が嫌いになったのは私なりの偏屈な理由があって、今考えると子供染みた考えだったと思います。化学のキリギリスみたいな先生の最初の授業で、「私も見たことはありませんが、原子構造はこういう構造になっていて、水素ならこういう構造で・・」と話していたことに対して、どうして見たこともないのにそんな論理を組み立てて、確かにあるように説明するのは理不尽ではないか?と感じた事が嫌いになった最初です。

それを組み立てて展開している学問など昔の地動説と同じではないのか? と拒絶したことが最初でした。先生なのに自身が見たこともないのですが・・・と始めるのか?と思ってしまったのです。それをぬけぬけと最初に話して、その上にこれまた見たこともない物質を重ねて説明するなど、当時の私には興味が全く失せてしまったのです。


子供じみた疑問がそれ以降ずっーと引っ掛かって、化学の授業には全く興味が生まれず、見たこともないのにどうしてそれが正しいと言うのかな?と、それ以来ずっとそこで止まったままでした。

化学では暗記が多くて構成図は無条件に暗記しないといけないようで、それも嫌いになった理由でした。この理由を後年になってから思い出すと、自分でも可笑しな大人げない、恥ずかしい気持ちになります。今でも化学は苦手で何も分からない状態です。子供のように自分の気持ちが真っすぐだったのか、バカげていたのかも知れません。今も精神が真っすぐではなく、曲がりくねっているようで、当時は更に真面目過ぎたのかも知れません。何と言っても化学は成績が悪かったのも仕方ありません。今でも先生のせいだと思っています。


しかし、化学に比べて物理は「物事の理屈に合っている」のか、暗記も少なく理屈で考えると理解出来る内容が多かったので、私にはこちらの方が性に合っていました。ガリ勉などしなくても意外に成績も悪くなかったと思います。化学者の名前は憶えていませんが、物理学者の名前ならアルキメデス、ガリレオ、ニュートン、ベルヌーイなど少しは憶えています。物理は割と世間でも使われていて、クレーンの滑車の話などは引き上げる重さとそれに必要な力の計算が面白かったのも今も憶えています。


さて、そんな私は子供時代からガキ大将で、どちらかと言えば身体も当時としては大きめの方で、性格も正義感の強い、割とはっきりした性格で、近所でも名の通った子供でした・・自我意識も強く泣いたことも殆どありません。それどころか、いたずら好きでその武勇伝が数多く残っています。鉄道線路に耳をあてて蒸気機関車が走ってくるのをギリギリまで聞くような度胸試しをやったり、トラックの後縁にぶら下がって小学校までの途中まで行ったり、蛙を捕まえては道路を走るトラックに轢かせてみたり、白米を研いだ釜の中へ砂を入れたり、市電のレール上に小石を並べて電車が停まるのを物陰から笑いながら見ていたり、畑の大根を引き抜いて葉っぱ部分だけそこに置いて見た目は元通りにして帰ったりと、今では犯罪になるような悪さまでやったこともあります。正に一端の悪ガキでした・・・その罰かも知れませんが、一度は近くの大きな家の石塀の上からまっ逆さまに塀下の溝に落ちて大怪我をしたり、道に左右も見ずに飛び出して走って来たオートバイに轢かれたり、挙句の果ては当時には多かった畑の隅にある人糞を貯めてあった小池に落ちたりと、まるで映画に出て来るような悪ガキでした・・・

実は人糞の溜まった池には二度も落ちた経験があります。家に帰って母親に激しく叱られたのは当然の苦い思い出です。

そんな私も少しずつ成長し、小学校、中学校、そして高校と地元で暮らしていました。


さて、先程の化学と物理と続くと、次はいよいよ数学について話します。

結論から言うと、数学は途中から分らなくなりました。追いついていけなくなったのです。

公式を憶えるのも嫌いでした・・・無条件に覚えることは今でも好きにはなれません。

何故かというと、実はこんな教室風景だったことも数学が嫌いになった理由でもあります。

高校2年の時に新任の数学の先生がクラスに来たのです。真面目で大人しそうで、如何にも怒られない感じの先生でした。その高校を卒業した先輩でもありました。教壇の前方辺りにはガリ勉達が固まって座っていて、その他は悪ガキばかりでした・・・私の時代は高校でも11組まであり、クラスには50人程はいたかと思います。その学年の中でも一番、出来の悪いクラスが私のクラスでした。男子だけのクラスで、他には男女共学クラスも女子だけのクラスもありました。

その数学の先生の授業中は今でも信じられない程の光景でした・・・


授業を真面目に聴いているのはクラス内の一部しかおらず、他の生徒は授業中なのに週刊誌を読んでいたり、紙飛行機を作って授業中の教室内で飛ばしてみたり、果ては3階の教室から外へ飛ばしたり、中には席を後ろへ向けて同級生と将棋を指していたり、問題が当てられたら、書店で販売されていた教科書に沿った旺文社の回答集を持ったまま、黒板へ進み、そのまま書き写す者までいる有様で、今なら到底あり得ない有様でした・・・

恐らく読んでいる皆さんには物凄く荒れた高校だなと思うでしょうが、実は県内でも上位ランクの進学校でした。それがこんな荒れたクラスもあったのです。バンカラ風の生徒すらいました。

いやあ、今、思い出しても映画のシーンみたいな光景でしたねえ・・・


今、時が流れ、当時を思い返すと、そんな記憶が妙に楽しく思い出されます。これぞ青春みたいな感覚です。実はこの時の数学の先生は後年、その高校でも厳しい鬼教師になったそうです。言わば悪ガキ達が育てたようなものです。更に、この先生、後年に私の義兄になる人と高校時代の友人だったのです。驚きました・・・義兄もその先生も私と同じ高校のOBで、人生の巡り合わせは分らないものです。魔訶不思議なものです・・・


今、その先生には今更ながら心の中で謝りたいと思います。どうも申し訳ありませんでした。

私はそれでも、授業をサボっては悪友のオートバイの後に乗って繁華街に行ってみたり、パチンコ屋にも行った記憶もあります。補導されたことはありませんでしたが、悪運が強いのか、今なら確実に補導されます。無論、進学校でしたので、成績はまっ逆さまに下がることになりました。

苦いけど楽しかったと今は思います。


私は無条件に記憶しなければならない文書や学問が苦手のようで、考えることが好きです。

こういう訳で、数学は物理と化学の真ん中みたいな成績になってしまいました。

そんな私が、年を重ねて中年になってから、ある映画を観て数学は面白いものなんだと知り、少し興味が湧いて来たのです。

その映画は「博士の愛した数式」という、主人公が数学博士だった物語でした。この博士が話していた内容に興味を持ったことが、私への数学への興味を再び持ち始めたキッカケでした。

交通事故により、記憶力が80分しか持たなくなってしまった博士と、彼の新しい家政婦とその息子のルートと呼ばれる髪型が特徴的な子供とのふれあいを通して、美しい数字の話を交えた映画でした。モデルはハンガリー出身の天才数学者であるエルデシュだそうです。博士はスーツの胸などにメモを貼りつけられていました。記憶で忘れない為にそうしていたのです。


博士役は俳優の寺尾聰さんでした。20年ほど前の作品で、結構、観られた方も多かったと思います。その博士が次のような数の不思議さについて説明していたので、興味のある方は調べてみて下さい。

ルート、虚数、素数、友愛数、完全数、・・・数学は考えてみると不思議な世界です。

数学はいろいろな分野に分かれており、私は最初に幾何学に興味を覚えました。

丸い円の中に三角形、四角形、五角形などがきちんと収まる不思議さや、三角形の3点の角度の合計は180度になるピタゴラスの定理とか手品と同じような不思議さを感じました。

しかし、マジックとは異なり、実際に証明出来るので、高校時代の化学とは大違いで大きな興味を持ちました・・・

幾何学は古代ギリシャ時代に夜空に輝く星から連想して、人間が神話を作ったたりして図形やその星の間の距離比率などを学問化したものです。最初は物語として生まれ、更に学問として幾何学へと発展した歴史は人間の素晴らしい想像力や可能性を示している証です。幼い頃のアインシュタインも幾何学に興味を持ったと後で知りました・・・

また、アンモナイトの曲線比率は黄金比率と言われていて、これ以上美しい比率はないと言われ、買い物袋の底面の縦横の比率に使われていることも知り、アンモナイトの曲率が同じだとしり、自然と科学の世界の共通点も全くの偶然ではなく共通項があることも知りました。俗に言う黄金比率です。


日本人には人間と自然の調和が生活の中に根付いており、そのセンスが鋭いのではないかと思います。人間が考えた寸法比率が自然界の比率と同一で、買い物袋の底辺の縦横比が同じなんて誰が思いついたのでしょうか?・・・不思議だと思います。

微分積分など応用範囲があるのかなと昔は思っていましたが、たまには数学の本を読み返したりもしています。数学は理論的な裏付けや証明があって発達して来ました。結局は人間の英知が発展していったものです。それでも地球外まで人類が行けるようになっても、まだまだ学問は進みます。そこで終わりはないと思います。


結局、それだけ学問が進んでも、宇宙と言う単位から観れば人類の祖先は700万年前で、現代人の祖先であるホモサピエンス誕生20万年前です。ほんの一瞬です・・・

人類の進化はまだ始まったばかりだと言えます。しかし、現実に進化もあれば破壊もあります。

これが人類や地球の将来にとってどのような影響を与えるかが、大きな課題と言えます。

私はちっぽけな一人類ですが、地球が変わらずに存在することを望みます。少なくともこの何億年かは・・・

やがて地球は太陽に吸引されて消滅するでしょうが、その時までには人類は新たな惑星へ移住しているかも知れません。それが可能になるのは人類の英知しかありません。英知に限りはありません。永遠なのかも知れません。

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