top of page

恐怖と感動 第299号

  • 1 日前
  • 読了時間: 11分

今月は常識を超えた話を書いてみました。キッカケはオートバイです。私は中型以上

のオートバイ免許は持っていませんが、最初にオートバイに乗ったのは高校時代です。

見よう見まねで教えて貰い、登り坂の坂道でいきなりアクセルを回し過ぎてオートバ

イに乗ったまま、その場でオートバイごと上下逆にひっくり返った経験があり、それ

以来オートバイが自分に合わないなと思うようになりました。その分、自動車への興

味の方が大きくなり、現在に至っています。車は特にフェラーリが好きになり、買え

ないのに販売代理店へ資料を貰いに行ったことがあります。テレビでF1中継が始ま

り、毎回テレビで観ながら録画もやり度々見ていました。その時もフェラーリファン

のファンでした。しかし、アイルトン・セナの活躍を観てからドライバーはセナが好

みになり、マシンはフェラーリと妙な感じでした。セナが事故で亡くなり、ショック

で私のF1鑑賞もそこで終わりました。亡くなっ時の録画も廃棄しました・・


それから月日が経ち、スピードに対する興味も以前よりは減りました。しかし、最近

観た「マン島TTレース」というオートバイ」レースの動画に心を奪われてしまい、

死者の多いレースだという点も釘付けになりました。私はスピード狂ではありません

が、命がけでレースに出ているライダーには何かを強く感じました。一般の市街地を

走るレースでもあり、観客もすぐ近くで自由に観ている光景には従来の車レースとは

違う感動を感じました。

その動画を観ていると、普段の私達が見失ったり、捨てたりしたものが今も残ってい

るレースだなと感動しました。

今の日本社会は、効率とか、損得とか、安全とか、働き方改革とか、心の健康とか、

やたらに観念的なゆとりの方向や基準が多くて、私は逆に生きにくい感覚を感じてい

るのですが。更に省エネ人生とか、人にやさしい生き方とか接し方とか、長生き社会

とか、人生100年時代とか、老後の年金生活とか、こんなキーワードが溢れていて

自分の性格にちょっと合わない感じで、このオートバイレースを観ていて、そんなモ

ヤモヤが吹き飛んでしまう程に何か生と死のような感覚を受けたのです。。選手も観

客も命がけの動画でした・・


平均時速は200㎞超、最高速は300㎞超,コース一周は60㎞余り、コーナーは

200カ所以上、高低差は400mもあり、コースは普通の田舎町の道路を走るので

す。特別な防護壁もなく、普段のありのままの道路を世界中から集まった観客が観て

いる直ぐ真横を走り抜けて行くのです。ウサギが道を横切ろうとして、避けようとし

たライダーが亡くなった事故も過去にあるそうです。

ありのままの姿のレースなのです。道路には起伏があり、オートバイは勝手に浮きま

す。民家が建っていてタイトなコースでは家の壁に激突するライダーもいます。正に

命がけのレースです。兄弟で亡くなったライダー、サイドカーで亡くなったペアの二

人、何回も骨を折って手術や入院をしてでもレースに出続ける女性ライダー、観客の

真横を高速で走るオートバイの迫力は一般のレース場とは全く違います。

何もかもリスキーで、危険がそこら中にあるレースなのです。マン島は島でありイギ

リス本土のレース開催基準が適用されないのそうです。


―マン島TTレース概要ー

開催地はイギリス本島とアイルランドの間にある小さな島です。

 レース名      マン島TTレース TTはツーリスト・トロフィの略

 別名        世界で最も危険なオートバイレース

 開始年       1907年 

 種別        排気量、サイドカー有無で幾つかのカテゴリーあり 

 排気量       600cc、1000ccなど

 コース       マン島の一般道を周回する 

 一周の距離     60㎞余

 周回数       6周、4周(競技で異なり天候でも変更になる)

 最高速度      300㎞超

 平均速度      200km/h

 一周の所要時間   優勝者は10数分

 コーナー数     一周あたり200カ所余り(ライダーは全部記憶している)

 優勝賞金      日本円換算で最高額500万円余り

 死者数      累計271名(現在まで)

 スタート方式    台数にもよるが10秒おきに各車スタート

 観客との距離    狭い所では手が届く距離

 日本人選手     何名もいます。亡くなった方も3名います


ー常識論ー

スタート地点の近くにはレースで亡くなった方の墓地があります。こんな危険なレー

スなのに何故中止にならないのでしょうか?どうして参加するライダーも多いのでし

ょうか?それも何度も手術しても出場するのです。このレースには何か特別な人を惹

きつける魔力があります。危険なレースですが尚更、魅力があるのす。賞金は知れて

います。年に一回、6月に開催され、このレースへは世界中から選手も観客も集まり

ます。正に生死を賭けたレースです。

動画を観ていると、事故の直前まで生きていた選手が突然、クラッシュして空中へ投

げ飛ばされ、道路横の坂のある荒れ地をあちこち打たれながら、バイクと落ちていく

シーンがあったり、道端に放り出されて微動だにしない選手や、壊れて散らばってい

るオートバイの無残な姿、係員が赤旗が振りながら駆け寄る様子や救護班の懸命な対

応、そんな映像が残っています。

それでもこのレースは続行されるのです。生と死を直視します。先ほどまで普通に生

きていた選手達です。このレースにどうして人は惹きつけられるのでしょうか?


私には、今の社会は自由でルールさえ守っていれば普通の生活や好きなことも出来ま

す。今の社会が嫌かとではありませんが、「嫌ではないけど、どこか生き苦しい」と私

には思える部分があります。常識やルール、礼儀、住み易さ、働きやすさなどから離

れたい時があり、不満ではないけれど満ち足りてはいない自分をこの映像を観ながら

感じるのです。良い意味での緊張感や達成感、目標観が不明瞭が今の社会にはありま

せん。モヤモヤしている毎日を感じる時があります。幸せなのにどこか満ち足りてい

ないのです。


ーどこがいいのかマン島レース-

今の社会は危険や貧困が大なり小なりあり、安全が最優先、効率や品質が重要な社会

です。一方、このレースでは自分の命を懸けるという選択肢しかありません。レース

に必要なのは人間の持つ挑戦本能です。むき出しになります。極限へ自分一人で挑戦

するのです。シートベルトもありません。レース服を着て、ブーツを履いて、ヘルメ

ットを被り、生身の体をさらけ出して、普通の曲がりくねった長い危険な道路へ挑戦

するのです。理論理屈ではなく、瞬間瞬間が生と死の狭間です。スタート前の選手は

極度の緊張状態だと思います。そこまで辿り着くまでの苦労や練習、今から完走する

ぞという自分への鼓舞しかないと思います。走り出せば考える余裕はなくなります。

見える光景は先しかないのです。


マン島レースで亡くなったイギリスのライダーが語っていた動画がありましたが、オ

ートバイに乗っている時の目線は走っているコーナーではなく、もっと先のコーナー

を見据えているそうです。平均速度200㎞なら一秒あたり50m以上も進みます。

目先では運転は出来ないのです。練習で身に着けるのでしょうが凄い胆力です。怖い

と感じるともう運転は出来なくなるのです。しかも、選手達は走っている時に生きて

いることを実感するのだそうです。

「生死の境目で生を実感する」とは極限の状態です。この感覚は死が怖いのではなく、

変は話ですが、地球を初めてみた宇宙飛行士が真っ暗な宇宙の中で地球だけが青く美

しく存在していることに人生観が変わるそうです。何かそんな極限の世界だろうと思

います。似てはいないかも知れませんが、却って明確に何かを悟るレベルだろうと思

います。

だからこそ、選手は何回でも出場したくなるのだと思います。そんな気持ちを画面か

ら感じ取ることは出来ませんが、余人には分からない別次元の気持ちで走っているの

は凄いことです。


―本田宗一郎の挑戦ー

以前に本コラムでホンダがマン島レースに出場する話を紹介したことがあります。

50ccオートバイ「スーパーカブ」が国内で大ヒットし、知名度も上がり経営も上向

きになり、本田宗一郎は新たに目標が必要だったのです。社内から「マン島レース」

へ出場したらどうですか?と提案があり、そのレースの説明をしたら、詳しい内容ま

では知らないのに、宗一郎はそのレースに出ることを決めたのです。

こんな話は如何にも昭和的で今なら無理だろうと多くの人は思うでしょうが、私は企

業が他社よりも成功して大きくなっていくには、同業他社より優れた製品が不可欠だ

と考えています。そこに更に時代の変化が重なると、企業は大きく成長するのです。

この考えはどんな企業でも同じだと考えています。秀でた製品やサービスが必要なの

です。仮に、他社の成功事例を真似てみてもNo1にはなれません。このような事例

は世の中に幾らもあります。苦労せず、楽しく、それでいて唯一無二な成功事例など

あり得ないと私は考えます。


さて、ホンダの話ですが、ここからが凄いのです。出場すると言ってはみたもののレ

ースについては具体的に知らなった宗一郎はやがて無茶苦茶に気持ちを奮い立ててい

くのです。単なる憧れに対して具体的に挑戦して行くのです。

まず、マン島レースの中身を聞いて驚きます。大排気量のヨーロッパのオートバイが

参戦していたのです。エンジン排気量が50ccでは敵わないばかりか、真似して作

っても面白くもありません。そこで当初考えたのが排気量は小さくてもエンジン回転

数を倍とか3倍に上げればエンジン出力は同等になるという考えでした。宗一郎は大

学の教授へ相談に行くのです。教授の答えは、理論的には可能でも現代の材料でそん

な回転数に耐えられる材料自体がありませんと言われたのです。それも諦めきれない

宗一郎は執拗に材料から勉強し始めるのです。

私は解決への発想も凄いし、材料がなければ作ればいいという発想自体が尋常ではな

い人であると確信します。それからは日夜考え、試作品を作っては壊し、目標とする

エンジンへ近付けていくのです。この思想はホンダそのものの思想観であり、その後

の自動車開発にも活かされているのです。有名なマスキー法という排気ガス規制に対

して世界で最初にクリアーしたのがホンダのCVCCエンジンでした。あれほど不可

能とか言われていた法の壁をクリアーしたのです。ここからアメリカでの躍進も始ま

ったと私は思います。


このように世界に類のないような製品を生み出す力を日本人は民族的に持っていると

思います。日本人特有の人と人の関係や付き合い、規則や遵守事項、共同作業、改善

力、手先の器用さなどを活かして行けばもっと出来ることも拡がると思います。ただ、

無から有を生み出す能力開発はこれらの特性とは異なるので、発明はまだまだ難があ

ると思います。楽に働くことと仕事に集中することは異なるものです。働くことは良

い事です。時間を短くするだけでは決して合理的なアイデアや生産には結びつかない

と思います。アイデアだけでは働けないのが日本人です。私は今の蔓延している働き

方では日本の将来はなかな厳しいだろうなと思っています。働きたい人への縛りのな

い、公的規制のない自由も必要だと考えます。更にはそれを支援する社会環境や労働

条件も必要です。


ーホンダのマン島レース成果ー

ホンダのマン島レースに出場してからの成果です。

 参戦決意   1954年  マン島レースに出て世界一になると公言 

 初参戦    1959年  125ccで参戦 6位入賞

 初優勝    1961年  125ccと250ccでの優勝


この経過は凄い。参加したこともないのにこれだけの短い期間に成果を挙げたのには

驚きます。F1レースではエンジンメーカーは前面に出ますが、マン島レースではド

ライバーが中心です。事故に遭い、命を落とドライバーも多いレースです。

レース動画を観れば、すぐにその凄さが分かります。選手と観客の距離も近過ぎて日

本では開催出来ない危険なレースであることは一目瞭然です。


―レースが訴える恐怖と感動ー

マン島TTレースの動画を添付します。you-tubeから参照します。これ以外にも多々

あるので探してみて下さい。個人参加のライダーが多く、資金作りからマシン調整か

ら自分ですべてをやります。

妙な話ですが、生と死が隣合わせのレースです。ライダーは生きている実感を強く感

じるレースです。私達にはそんな瞬間はそうはありません。

 



マン島TTレースはF1ほど華やかではないし、賞金だって多くありません。

危険性はF1などより高いし、コースには防護壁もありません。ただの普通の風景です。

コースから外れたらそこは普通の家や林や石垣や崖などがあります。

観客さえ巻き添えにする可能性の高いレースです。


私はこのような動画を観ていると何か強く訴えるものを感じます・・・

満ち足りていると足りないものが何かが分からないのです。

その逆はよく分かるのです。

一瞬で人の人生観が変わるのがこのレースだと思います。
























 
 
 

最新記事

すべて表示
歴史を読む 第298号

私は若い頃から歴史や地理が好きで、殊に日本と周辺国について興味があり、周辺国と は中国と韓国であり、これらの国とは貿易、文化、文字、政治、宗教、食物、服装まで 関係が深いと思います。しかし、どの国にも歴史や時代の節目があり、国のリーダー、 政治、社会制度、内紛、周辺国との軋轢、治世期間など実に様々です。時代の変遷につ いては真実が各国でも分かり難いのですが、国のリーダーと周囲を取り巻く勢力やその

 
 
変わった学習法 第297号

私がIT業界で働き始めた頃、よく頑張ったなあと自分を褒めたい程に勉強した時期があり、 その後もその時を思い出して勉強を続けたものです。一言で言えば、人とは違うやり方を経 験したことが自信になったのです。教科書的な勉強法ではなく、自分らしい違うやり方で効 率的に勉強した訳です。どうしても時間は誰にも平等な資源であり、時間の使い方自体を工 夫しないと仕事の質も生産性も上がらないからです。 私は技術者の

 
 
気になった出来事 第296号

今回は日常での思いがけない出来事について書いてみたいと思います。 去る三月下旬の夕方の地下鉄車内での出来事です。乗車した車両の三人掛けシートに明ら かに生活困窮者と思われる中年男性が一人座っていました。髪の毛はボサボサで長く伸び、 衣服は全体がかなり汚れていてあちこちが破れており、両足も膝下から丸見えで履いてい る草履も汚ない様子でした。当人の年齢層も定かには分かりませんが、私の推定では40 代半

 
 
bottom of page