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第291号 本のタイトル

  • 執筆者の写真: 会長
    会長
  • 2025年11月30日
  • 読了時間: 8分

更新日:2025年12月12日

突然ですが、今月号から社長コラムは廃止され、新たに会長コラムへと名称が変わりまし

た。理由は先月をもって私は社長を退任し、今月から会長へ就任したからです。

内容的には今迄の社長コラムと同様に私の書きたい放題、言いたい放題となります。

今後も引き続き、読者の皆さんには私の気ままぶりをお届けさせて頂きます。

今後とも宜しくお願い申し上げます。


さて、今月のテーマは「本のタイトル」です。好きなように私の思うことを順序に拘らず

に書かせて貰います。本コラムは20年以上も書き続けており、書くにあたり、内容と共

に品質とタイトルで悩むことがあります。

私はタイトルが決まれば、本文は割と楽に書いていけるタイプなので、タイトルが決まら

ない、言い換えれば何を書くかが決まっていない時もあり、そういう時には本文が書き始

められないことになります。タイトルが決まれば、割と雑学的な性格の私は日頃に思って

いることや考えていたことを書き始めるのは出来るのです。しかし、だからといってタイ

トルが決まれば間違いなく書けるかというと、やはり書けない時もあります。タイトルが

難しい場合がそうです。そんな時には直ぐに他のタイトルを探します。

手帳にタイトルだけを記入して幾つか残しておくと、後で使える時もあって助かります。

私はプロの作家ではないので、その辺りのプレッシャーは間違いなく低いと思います。

タイトルが決まれば、私はくだくだとした文面で私なりに論旨展開の添削が必要な私流の

文面が書けるのです。言わば、思いついたことを好きなように書くことは出来るかなと思

っています。何となく、好きな色、好きな形、好きな感覚で絵を描く感覚のようなのです。

決して上手な訳でもないし、人に好まれる絵でもありませんが、自分ではいつでも手を加

えられる未完成の絵が私のコラムなのです。何も言い切る必要もないし、言い切っても後

で違っていれば書き添えてもいい訳です。プロの作家でもそうなのではないでしょうか?

完成して世に出しても手を入れたくなるのではないでしょうか?・・・


しかし、タイトルが見つからない、或いは決められない場合にはそれなりに悩むことにな

ります。何が書きたいのか思いつかない状態に陥り、書き始めることが出来ずに悩みます。

人生でも同じことが言えると思うのですが、インプットがなければアウトプットも出て来

ないので、なかなか苦労します。時間は迫るわ、どうしよう?・・・とか、何を書いたら

良いやらといった焦る気持ちにもなります。

物書きの偉い作家でも書けない時は書けなくて、逃げ場に逃げることがあるそうです。私

流に言えば、インプットがなければ、決まらなければ、アウトプットは出て来ないのです。

つまり、そんな時には本文がなかなか書けない状態だと思います。


著名な時代小説家の司馬遼太郎さんでも「龍馬がゆく」という本でも最初から題が決まっ

ていたとは私は思いません。全体構想を考えた上での全体を表現したのがタイトルだろう

と思います。書きながら出せるタイトルでもありません。書きながら出せるタイトルは私

なら常識的な「坂本竜馬」になるだろうと思います。私なら最初はあらすじに沿って本文

を考え、執筆しながら、当初考えていたタイトルとは違うタイトルになっていたであろう

と思います。

しかし、「竜馬がゆく」は新聞に連載された作品であり、予め凡そでも筋書きが決まって

いなければ書けないと思います。何せ新聞で書かなければならないからです。タイトルも

予め決められたものであれば、そこから逸脱することは出来ないし、もし逸脱するなら本

人が随分と悩むだろうと思います。その証拠にタイトルの中に「ゆく」などとは、私なら

書けないです。全体を予め決めてのタイトルだろうと思います。相当、書くにあたっては

素案を練っただろうと思います。本となった原稿には目いっぱいの修正やら加筆やら、挿

入する場所の指定やら慣れた校正者っでなければ手に負えないレベルで、かなり凄いです。

私なら「破天荒な竜馬」とか「生きて生き抜いた人生」とか「天下人龍馬」とか、そんな

タイトルになります。タイトルが決まれば、それに向かって自分の経験や思うこと、或い

は妙に捏ねくり回すことが好きなので、それなら書けるのではないかと思ったりします。

事実、このコラムは文面もそうなのです。書きたいことを書きたいように、論旨展開もな

いような展開で書いています。読み辛くても構わないのですが、それが最後はしっくり収

まるのがプロの作家の妙手、才能の成せる凄さです。

偉い先生方でもそうなのですから、文章表現やその場所など考えない私などは読むに堪え

られない文章だろうと思います。所謂、論旨展開も滅茶苦茶で盆栽のように枝切りや針金

での体裁直しが必須です。また、それでも文面を格好よく構成しようとも思わないので、

単に書きたい放題の素人文面であることは間違いないと自信を持っています。


つまり、全く賢いなと思わせる作者とは無縁なのです、私は。要するにお喋りなだけなの

です。理詰めの作家とは全く違います。食べたものをいつでも吐き出すのと同じだと思っ

ています。いい気になっていろんなものを飲み込むのでそうなります。自分のペースを考

えながら飲むタイプではないかも知れません。一気飲みタイプです。


実際に大学生になった時、先ほどの幼な友達のアパートへ行って安いウイスキー1本を1

5分以内に飲み干したら二千円くれるという賭けをやり、見事13分で空けたことがあり

ます。後先構わずにウイスキーを一本、ラッパ呑みにする訳です。もし15分以内に出来

なければ2千円を貰えるというルールでした。ウイスキーの丸のみは喉が焼けるので、水

も飲んで構わないというルールでした。結果は13分で達成しました。しかし、後の事は

何も覚えていなかったのです。翌朝、気づいたら服の上に吐いた後があり、とても臭かっ

たことを憶えています・・・若気の到りです。


実はこれと同じように今もそんな書き方です。

先日、その友達から突然に電話があり、農業を営んでおり、畑で採れた作物を送るから、

住所を教えてといった連絡でした。数年以上振りの電話でした。こういった関係でも長続

きしているのが私なのです。この幼な友達とはかれこれ70年間に近い友人です・・・い

まだに私達は当時のままです。二人で毎日のようにやったキャッチボールの友達はもう彼

しかいません。互いの住所を知らずに電話番号だけで続いていたのです。恐らく、サツマ

イモや根菜を私だけでなく妹にまで送るそうで、何か昨日のような懐かしい友達です。


さて、本のタイトルの話についてですが、私は何か書く際には先にタイトルをガシッと決

めてやるやり方と、フラフラしながら最後に目的地に着くタイプがある思っています。前

者は計算された論旨展開で的を外さない厳格な文面です。それでいて300ページや50

0ページの文章を書きあげる訳で、相当な調査と論旨展開を予め考えていると思います。

私は飲んべえのはしごと同じで、好きなように歩いては道を外れてまた書いてというタイ

プです。とても論理的ではありません。


前者になりたいと思ったことはありますが、自分自身がそんな人間ではないので書けると

は思いません。思わないから書きませんし、書こうとしても無理です。それでいいじゃな

いですか・・・いろんな人が世間にいて、それで面白いと私は思います。タイトルなしで

ピアノを弾く人だっている訳です。何も決めることが目的でなくてもいいじゃないですか。

しかし、なかには払った金返せよと言いたい著名な人もいます。中身は薄っぺらで買って

損したと言える内容っです・・誰とは言いませんが、タイトルにだけ価値ある内容でした。

中身は薄っぺらで文章間の隙間も広く、分量もありませんでした。二度とその人の本は読

まないだろうと思います。


最後にまとめますが、タイトルは住所と同じで、その人の現住所を表していると思います。

なんとなくでなく、その人の元へ間違いなくたどり着けるものだろうと思います。

先程の「竜馬がゆく」などはその通りだと思います。何も正しく本の内容を縮小したタイ

トルでなくて良いのです。先ほどの幼友達から送られて来るであろうサツマイモや根菜や

何か書き綴った短文こそがタイトルだろうと私は思っています。

幼友達の恐らく、故郷の土も運んで来るでしょうから、自宅の敷地に撒いておこうと思い

ます。今、思いつきましたが、著名な作家の書いた本のタイトルはその人の土みたいなも

のだと思います。その人の足についた土なのです。自分が歩いた軌跡が作品なんだだと思

います。私の幼友達からの届物は今でも届いていません。いつ来るのか分からない届物だ

ろうと思います。こういう関係もいいものです・・・



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