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  • 執筆者の写真社長

インプットとアウトプット 第255号



 固定電話が携帯電話へ変わり、しかもその形状が今や長方形の滑らかな機器となり、電話機能ばかりか動画、イメージ、データ、検索、AI機能や便利なツールソフトも標準になっています。この実現にたったの2,30年しかかかっていませんし固定電話もオフィスから減りつつあります。固定電話は将来、不要になるかも知れません。これから先の20年はどんな世界が繰り拡げられていくか想像も出来ません。それ程、変化のスピードが早まります。今、話題になっているメタバース世界が本格化したら3次元世界が私達の目の前に現れることになります。更にIT化が遅れている日本にも立法、行政の情報化が急務となって行きます。先進諸国の中で立法・行政へのIT対応が遅れているからです。まだまだお上的制度や仕組みが多く残っていて仕事の効率も生産性も成果物も古臭く、役所まで書類一つ取りに行くのも時代遅れです。マイナンバーでも自治体の都合によっては必要な書類が入手出来ないことがあります。サーバー機のメンテナンス日で使えなかったなど本末転倒です。近くのコンビニにはそんな掲示はありませんでした。立法と行政の無駄や効率をITの力を使って改革すれば国民の金銭的負担も減る上、職員の生産性も上がります。更にこういった改革の発注先は従来の大手企業を外し、それ以外の企業参加を図り大手企業以外の事業躍進も図るべきです。日本のこれからの産業育成も考えた政策を立法や行政は打ち出して欲しいものです。

 

 立法や行政は未来へ繋がる希望を創り出して欲しいものです。日本のGDPが20年間も変わらないのは国に未来への立国プランがないからです。一体、日本をどんな国にしていくのかという大事な基軸がありません。どんな産業を奨励していくのかということです。自動車産業はもうアフリカ以外に大きな新しい市場はありません。アフリカには高い車は要りません。次の国の産業を育成して行かねば日本の国力は低下して行きます。明治には富国強兵、そして今は情報産業立国ではないでしょうか?・・天然資源は不要ですし、人的資源こそ重要な原資となります。画一的な教育ではなく、多様性おある教育、そして英会話力が不可欠です。今の国政には大きな目標が見えませんし、対処療法しか感じません。どんな産業をこれからの日本の柱にしていくのか示す必要があります。日本のパスポートは世界中で使えますが、肝心の国際性はまだまだだです。対処療法に国債発行で未来へ借金のツケを回しているようにしか見えません。若者に希望と目標を与えられる、そんな日本であって欲しい。

私がインプットやアウトプットという言葉から感じ取るのは、日本という国自体もインプットが少ない国になりつつあるのではないかと危惧することです。以降の話からも日本人の進化という問題に置き換えてもいいかも知れません。ITを活用する前提に立てば無駄の排除、業務効率の向上、新たな事業創出、付加価値創出も可能になります。

 

 近年は情報機器が発達して通勤途中の駅でもホームでも電車内でも、更に歩いている道でも、ゆっくり過ごす喫茶店でも、スーパーやコンビニでも、数多くの場所や時間にスマホやタブレットを閲覧しインプットしている姿を見ない場面はありません。素早く閲覧し、素早く入力し、情報機器も見た目重視、感性重視と、別の意味で従来とは異なる脳の使い方になりつつある気がしています・・・決して悪いと言っている訳でなく、人間の進化が徐々に変わって行く時期に差し掛かっているようです。別の言い方をすれば、新たな進化の始まりかも知れません。私は科学者でもないので本当にそうなのかは分かりませんが、私自身、思考よりも入力や出力へ脳が集中的に対応している気がします。考えることが論理的になり、感性や視覚価値が減っていくのではないか、また新たに仮想社会の到来も間近に感じます。独創性、感受性、創造性、固有性、唯一性が減少してはいないでしょうか・・・。どこか見た目も同じに見えてしまい、強い個性の日本人が減ったのではないでしょうか?・・・


 話は逸れますが私は大映の大看板スターだった市川雷蔵が好きで、柴田錬三郎が書いた眠狂四郎シリーズを全部読み、円月殺法なる聞いたことも見たこともない凄腕の剣とバテレンというキリスト教の父と日本人の母の間に生まれた、今でいうハーフという生い立ちの狭間で独特の虚無感を持った生き方をしていて不思議な興味を抱きました。それまでの時代劇とは異なる主人公の姿や物言いや剣の使い手が私には強く残りました。また現代社会では人間の脳は前頭葉部分がまだまだ発達していく過程にあるそうで、逆に機能衰退し始めている部分もあるようです。その証拠に、現代人はネアンデルタール人に比べ100グラムほど脳が小さくなっているそうです。つまり、衰退する部分と発達する部分があるということです。メタバースなどは正にこの前頭葉を刺激する技術だと思います。こんな傾向がこれからの情報社会では更に顕著になっていくのかも知れません。


 また、私には自分のこだわり語録があり、その中の一つに「アウトプットの多い人にはインプットが多い」という自説を持っています。いろいろなを経験して来たり、大きな失敗をした人には間違いなくアウトプットも多いということです。簡単で当たり前の話ですが、意外にこの事実を気付かない人が多いと思います。もっと分かりやすく言えば、インプット=その人の今迄の行動や体験したこと、或いは知見したことが多い人ほど、アウトプット=その人の判断や応用に影響することが多く、知恵や反省にも独特の表現をされます。人生を照らす懐中電灯も持っているということです。但し、その人には間に合わなかったケースが多いようです。例えば、人は何の為に生きるのか?との質問には答えられない人も多いでしょうが、中には自分なりの言葉で簡単に答える人もいます。正しいかどうかなどは分からなくても具体的に答えられる人はそれだけの経験や達観を持っています。また、中には大きなアウトプットも持っている人もいて、その人の生き様が他の人とはかなり違う凄さを持っていたりします。インプットの多い人の話は実に興味深く、楽しく、知らない世界や知らない人の話も多く人間の成長や価値観、判断力へ役立ちます。そこには知識があり、それ以上に行動した結果の成功や失敗があって、頭だけではそんな情報は手に入らないものです。

 経営の神様と言われた松下幸之助氏が「衆知を集める」という語録もこのインプットと同じだと思います。松下幸之助氏は自分で予め決めていても、周囲の人からいろいろな考えや意見を聞いて、最後に自分で判断することが大事だと言われています。人の和という側面もあるでしょうが、それよりも間違った判断を避ける、自分の判断は間違っていないという確信を得る事が大事だと思います。松下幸之助氏らしい哲学であり経営者であり創業者であり、何もないところから事業を起こしていつどうなるかも分からない中を生き抜いて来た訳です。その時その時の判断一つが間違っていたら大変なことになるのでこのような考え方を生み出したのではないかと思います。

 また、どうやったらいろいろなアイデアや気付きが出るようになるかと思うでしょうが、実際には普段の中で普通の事としてやっているのだろうと思います。つまり、特別なコツなどなくて常日頃がそうなのだろうと思います。極端な例ですがそんな逸話の中に事業部の倉庫が生産したした製品で一杯になり更なる製品を収容出来ないので、担当者が新たに倉庫を作ろうか社外の倉庫を借りた方がいいかとか悩んで幸之助氏へ相談したら、即座に「君、明日から魚屋へ行ってくれんか?」と言われて、何のことかポカンとしていていて「何で私が魚屋へ?・・」と聞き返したら、「君、君の工場で作っているものは腐るんか?」と言われたそうです。

 この話の意味が即座に分かる方は少ないと思いますが、要は魚屋の魚は時間と共に鮮度が落ちて、やがて腐って売り物にならなくなりますが、工場で作った製品は腐らないだろ?、だったら魚屋へ行ってそのノウハウを教えて貰って来たらどうや?という話です。つまり、魚に比べたら、知恵や工夫をすれば問題の解決は出来るのじゃないの?という示唆です。

まるで一休さんです。

 同じような話に京セラ社長だった稲森和ります。セラミックの原料は酸化鉄ですが、この材料は相場があって仕入れ値が変わるそうです。ある時、仕入責任者から稲盛さんへ安い時に大量に仕入れて置けば材料が安く手に入るのでそうしたい、どうでしょうか?と聞きに来たそうです。恐らく仕入責任者は賛同してくれると思っていたでしょうが、答えは「ノー」でした。

その理由は、材料を大量に仕入れたら、まず置き場所に野ざらしという訳にもいかず、倉庫を新たに作らなければならないし、そこを管理する人も必要になる。更に売れなくなったらその材料も安く売らなければならない。だから、材料は必要な時に必要な量だけ仕入れたら良いと。まさしく松下幸之助さんと同じ考え方です。


 どうして優れた大経営者にはこのように独特の考え方が出来るのでしょうか?・・・

経営者になってから学んだこともあるでしょうが、小さい頃からそういった周囲や世間や世の中を観る目が育っていたのではないでしょうか・・・何故だろう?本当だろうか?どうしてだろうか?本当にそうなんだろうか?といった視点を持っていた可能性が高いです。

この考え方は持って生まれた天分もあるかも知れませんが、多くは後天的な教えが多いと思います。誰かに叱られたり、教えられたりして、次第に身に付いていったと思います。

 例えば、近江商人の大店には店のおかみへは戒めというか、店の使用人への指導要諦が掲示されています。店の店員を叱る時は朝叱るのではなく夕方以降に叱るのが良いと書いてあります。どうしてしょうか?気付いた時でもいいじゃないですか?と私はその場では思いました。しかし、もし、朝一番に叱られた店員さんの気持ちはその日はどんな気分でしょうか?・・・一日、嫌な気持ちで気分も凹み、決していい一日にはならないでしょう。仕事が終わってから叱るべしなのです。これが近江商人の合理主義です。人の気持ちを前提に合理的に改善策を指導する訳です。この話は現代にも十分に通じる価値があると思いませんか?

人間は大して変わっていないのです。


 こういった話もインプットが多ければ目にする機会も増えます。決してネットやスマホだけでは気付きません。どこかに載っていないかも知れません。近江商人の大店には忍者屋敷のように面白い仕掛けがあって、成程、合理的で賢いなあと感心します。

実例として、畳の井草が二重縫いだし、襖のある部屋同士の敷居が取り外し出来て敷居にハメられる畳地もあり、見た目は敷居とは分かりません。台所には小川の水が引き入れられていて野菜等の洗いはそこでやれます。実に合理的です。こういったことは知恵であり、細かい気付きがあるからこそ出来るものです。日本の大企業にも近江商人が起こしていった大企業があります。西武や伊藤忠、百貨店、大型スーパーなどあります。しかし、近江商人発祥の地は何の変哲もない、名産も殆どない、どこにでもある普通の農村地帯です。違うのはその精神を伝え継いでいたことです。結局は知恵を除くと他の土地と何も変わらない普通の農村地なのです。


 今回のテーマはインプットとアウトプットでしたが、結局、成果というアウトプットはインプット次第で大きく変わるということです。アウトプット自体は結果であり、結局はインプットが大きく左右するということです。インプットと自分自身の気付きで決まるのです。

画一的な価値観が多い日本人はこれから大変な時代を生きることになります。心配なのは画一的な教育や平均的な価値観です。それを変えていくのは日本の将来に必要不可欠な教育だと私は考えます。それを国全体で変えて行くことを考えるのが立法であり、支えるのが行政だと思います。どうもこのあたりがしっかりしてくれないと若者の将来が心配です。

 一言で言えば、色々あっていいじゃないか、多様性を大事にいないと世界は変わっていくのに日本は置いて行かれるということです。しちゃいけないではなく、やってみたら?の社会へ変えるべきだと考えます。国全体のインプットを変えて行くことが何よりも先です。


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