ブルー・インパルス 第287号
- 社長
- 8月1日
- 読了時間: 10分
更新日:8月1日
過日、大阪で有名になった航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルー・インパル
ス」に関する話などをします。
実は私・・・小さい頃から飛行機大好き人間で、将来はパイロットになりたいと
思っていた時期もあった程なのです。何故、そうなったのかを振り返ってみると、
小学校の頃から空が大好きだったことや大人の自転車に三角乗りして、遠くの空
港まで飛行機を見に行くことが好きな子供だったからです。
当時住んでいた市営住宅の近くに、戦争でそうなったのかは分かりませんが、空
を見ては飛んでいる飛行機を指差しながら何か喋っているお爺さんがいて、その
姿が子供心に無意識に空を意識し始めたキッカケかも知れません。
というのは今では私自身が毎朝、空を眺める大人になっているからです。青い空
や白い雲をほぼ毎日見上げているからです。また、少年時代にUコンをやってい
たこともそういった空への憧れからかも知れません。
更に、隣県には国立の航空大学校があり、飛行機やパイロットへの憧れを持ち始
めたと思います。
しかし、将来の進路を決める大事な高校時代は、学業も素行も決して良くなかっ
たので、その夢は自然に終わってしまいました。それでもどこかに小さな望みを
持っていたので、航空機の本の著者に手紙を書いてパイロットにはもうなれない
かと聞いたこともあります。返信も頂きましたが、遅かりし夢となってしまいま
した。
また、この頃は音楽ではカントリーが好きになり、その勢いでアメリカ大使館へ
手紙を出し、アメリカの西部の牧場で働きたいので牧場を紹介して欲しいという
手紙まで書いたこともあります。
自分でも将来というものがどうしたら良いのか、悩んでいたのかなと今更ながら
思い出します。
高校時代は自分の思いとは真逆の方向へ曲がってしまい、パイロットや牧場暮ら
しは夢で終わってしまいましたが、高校時代の同級生が自衛隊の航空学生に入隊
し、同窓会の飲み会で訓練機に乗った話を聞いた時には羨ましい限りでした。
こういった経緯もあり、大学では流体力学を専攻してゼミの研修で宇都宮の旧中
島飛行機を訪問する機会に恵まれました。航空自衛隊の戦闘機が点検か修理の為
に工場内に置いてあり、梯子で登らせて貰いました。操縦席を覗かせて貰ったの
ですが、機種名などは全く憶えていません。恐らく国産機だろうと思います。単
座で狭い操縦席には驚きました。また、計器やスイッチの多さと機体を操縦しな
がらそれらの機器まで扱うのは大変な能力だと思いました。それに両足の間には
操縦桿もあり、これらを同時に扱いながら、空の3次元空間を自在に飛び回るの
は適性も重要だろうし、何よりも精神力が求められるのではないかと感心しまし
た。
因みに、中島飛行機は戦中にあのゼロ式艦上戦闘機、俗にゼロ戦と言われた名機
を三菱と共に製造していた企業です。戦闘機以外にもベル製のヘリも解体メンテ
ナンス中で、同時に何機も作業中でしたが、内装が外されていて驚いたのは床下
が配線だらけだったことです。現在はもっと電子機器が多いでしょうからエレク
ロニクスの塊だと思います。今は車もそうでしょうが、航空機も電子機器が大半
だと思います。
さて、お待たせしました。ブルー・インパルスの編隊飛行についてですが、初め
て見た方も多かっただろうと思います。実は私もその一人なのですが、大阪上空
を飛行した2日間とも実際に見ました。
一日目は箕面の中腹から南へ方角へ小さく編隊飛行が見えました。二日目は偶然
なのか、運が良かったのか、自宅の上空を大きく見える距離でほぼ真上に見まし
た。この時、初めて物凄いと感動しました。ニュース画像とは違い、本物が直ぐ
上空を飛んだのです。6機編隊が大きなエンジン音で、編隊を組んで、その上に
白いスモークを吐きながら飛んで行く姿をはっきりと近くで見たのです。
その轟音と一糸乱れぬ6機の編隊飛行には改めて、子供のように感動しました。
偶然にも私は自宅の屋外ベランダへ出ていて、関西空港を飛び立ったブルーイン
パルスの時間を見計らっていて、吹田の旧万博会場の跡地上空を飛ぶ計画だった
のでひょっとしてルート上かなあと思い、上空を見ながら待っていたのです。
関空を離陸する時刻は知っていたので、飛んで来るルートを自分で勝手に考えな
がら、時間や方向を察して待っていた訳です。
しかし、ドンピシャとは思いませんでした。4,5分は待ちましたが、飛んで来
ました!!来ました!!来ました!!・・・
事前にスマホでフライトレーダーも見ていたのですが、民間機ではないので登録
されておらず、本当の勘でした・・・
そんな時です。突然、大きな轟音が聞こえて来たのです!!
間違いなく、ブルーインパルスが6機編隊で我が家の斜め上空をはっきりと大き
く見える上空を、隊列を組んで吹田の旧万博方向へ西側から飛んで来たのです。
何という幸運でしょうか!!・・・大きな轟音が聞こえ、6機編隊の青と白で彩
られたT-4ジェット機が白煙を引きながら飛び込んで来たのです。
まさかこんなに近い上空をハッキリと凄い音量で飛んで来たのです!!
言いようのない程の音量と感動でした・・・
素晴らしかった!!その光景は永く忘れることが出来ないでしょう。家族にもそ
の時、大きな声で教えたらすぐに部屋から出て来て一緒に見とれていました。
凄い!!・・・・
前日も箕面の山から見た時は同じような人達が一杯並んでいて、結構、車でやっ
て来ていたようでした。しかし、その時は遠くに見えるので今一つでした。
今日はほぼ真上!それも手を伸ばせば届く位の距離感です。何という幸運でしょ
うか、いやあ本当に良かった。2、3百メートル上空だったと思います。
実は、過去にも似たような経験があるのですが、それは航空自衛隊機の戦闘機が
離陸する姿を見たことがあるのです。石川県の小松基地のF-15Jです。
基地から遠くない片山津温泉の露天風呂に浸かっていた時、偶然にも夕闇の中を
離陸する戦闘機が遠くにオレンジ色のアフターバーナーを出しながら、暗くなり
かけた日本海上空へ飛び去って行くのです。何機も何機も飽きないほど見続けて
いました・・・
この戦闘機はエンジンが2つあり、最高速度がマッハ2超えの当時は日本防空最
前線の戦闘機でした。もの凄い大きな轟音と共に離陸したかと思うとほぼ真上方
向へ急角度で登って行くのです。日本海の訓練区域へ向かって行くのでしょう。
正に、本物の現役戦闘機でした。もう、かれこれ20年程前の出来事です。
戦闘機の世界は新旧世代の入れ替え期で、今は第5世代とか第6世代とか言われ
るステレス戦闘機が一般化しつつあり、このF-15も次第に交代期に差し掛か
っています。日本でもF-35Aの通常型と垂直離着陸が可能なF-35Bへと
置き換わっていく計画ですが、発注が遅かったのか、生産数が少ないのか、納入
がなかなかまとまった機数にまでには到っていません。
また、Fー35Bを搭載予定の護衛艦の加賀、いずもも改装工事は終了していま
すが、肝心の艦載機が搭載されない限りはヘリ空母では大きな抑止力にならない
と思います。艦載機が搭載されるまでまだ何年か歳月が必要かなと思います。
さて、軍のアクロバットチームで有名なのは、やはりアメリカです。アメリカに
は海軍と空軍に編隊飛行チームがあり、海軍では青い海をイメージしたブルーエ
ンジェルズがあり、空軍には雷鳥をイメージしたサンダーバードがあります。
後者のチームはギネス記録を持っていて、アクロバット中の航空機間の距離が何
とたったの45センチというギネス記録を持っているのです。
高速で飛んでいて、この距離は瞬間みたいな距離です。考えられない距離です。
イギリスにもレッドアローズと言うチームが、フランスにはパトルイユ・ド・フ
ランスというフランス国旗の色でスモークを出すチームです。
アクロバットチームの話と私の経験談が混在しますが、私が小学生の頃に一回だ
けセスナ機の胴体着陸を実際に見に行ったことがあります。
セスナ機の燃料を使い切るまで、何周も空港の周りを旋回がて燃料を空にして、
滑走路の端からエンジンを止めて、プロペラが止まり、グライダーのように降下
して胴体着陸するのです。
滑走路に降りた途端、プロペラが曲がり、機体は横へズレて芝生の上で止まり、
消防車が駆けつけ、機内から乗務員が2,3名出て来て、幸いにも出火せず、助
けられた光景を憶えています。今思うと運の良い結果だったと思います。
当時の空港は海のすご横にあり、1500メートル程の空港だったと思います。
全日空と東亜国内航空が就航していて、前者は全日本空輸と呼ばれていて、尾翼
のマークが特にお気に入りでした・・レオナルドダビンチが描いた飛行機の原型
のマークが凄く印象的でした・・・今でもそのマークの方が全日空には似合って
いると思います。JALだって鶴丸に替えてJALらしくなりましたし、私は個
人的にダビンチの方がANAには似合っていると思います。
また、飛行場の真横には、戦時中に使われていたと思われるコンクリート製の半
円状の一機だけ入る格納庫が残っていました。その空港の向こう側には桜島がそ
びえていて、爆発した時には煙がもくもくと立ち上っていました。
当時、離陸した航空機はその桜島の前面を飛んでいたので、よく憶えています。
噴火で飛び散った噴石が航空機の操縦席窓に当たったこともあります。
当時の航空機はヘロン機と言う機種でした。オランダのフォッカーF27もあり
ました。勿論、プロペラ機で双発で高翼機でした。
今でも飛行機は大好きでヘリコブタ―にも乗りましたし、ジェット機は何種類も
乗っています。妙な言い方ですが、飛行機が幾ら揺れても落ちるとは思わない性
格なので、ジャンボ機の翼端がビヨンビヨンと大きく上下している風雨の中でも
全く怖いとか、落ちるのではないかなど思ったこともありません。却って揺れて
いるからこそ安全だと思うタイプです。折れることはまずあり得ません。
しかし、怖いと思った経験には例外もあります。若い頃に乗った機内で近くに座
っていた知らないお婆さんが位牌を取り出し、数珠を手に持って祈っていた姿を
見た時には流石に驚きました・・・却って怖くなりました・・・
まあ、こういう訳で飛行機は大好きです。最後に、かなり以前に搭乗したカンタ
ス航空機内で搭乗した際にキャプテン宛にメッセージを書いてCAさんへ渡した
ら、機長さんからメッセージが添えられてあり、とても嬉しかった経験がありま
す。当時から海外はフランクでいいなあと思いました。日本では規則がどうのこ
うので、きっと不可能だったと思います。
また、ニュジーランド航空の安全ビデオをYou-Tubeで初めて見た時には面白くて
笑いました。自然豊かな国に住んでいる人達は心が豊かなだと実感できる動画で
した。こういったセンスは日本人にも欲しいものです。
飛行機は見るのも楽しいですが、搭乗する方がもっと楽しいものです。
日本のアクロバットチームのブルーインパルスは宮城県の航空自衛隊松島基地が本
拠地ですが、日本全国を飛び回っています。今は国産のT-4を使っていますが、次
はいつ頃にどんな機種になるのか楽しみです。個人的にはF-2が似合うかなと贅
沢なことを考えています。
ブルーインパルスが好きな人は全国を渡り歩いているようです。
私はたまに伊丹空港の正面向かい側にある、小高い駐車場から民間航空機の離着陸
を見に行くことがあります。
それはそれで楽しいですが、自衛隊の戦闘機は特別な雰囲気と重厚さがあり、凄味
があります。民間機とは全く違います。
今日も日本のどこかでブルーインパルスが飛んでいると思います。
その雄姿を最後にご覧ください。
出典は航空自衛隊松島基地ホームページからです。
普段の訓練があってこそのアクロバット飛行です。
普段は何倍もの訓練を重ねている地道な姿です。
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