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天国からの奇跡 第233号

今月は不思議な話について書きたいと思います。 この話はある人の自叙伝からで実話のようです。 信じる、信じないは各人の経験や考え方次第なので私がどうこう言う積りもありません。 また、私個人が実際に聞いた話も紹介してもいます。 是非、お読み頂ければ不思議な気持ちになるかも知れません。

この映画はアメリカのテキサス州のある田舎町に暮らす5人家族に起こった話です。 獣医のお父さんと綺麗で優しいお母さんのクリスティと、女の子3名の5人家族の会話です。 その中の次女で10才になるアナベル(文中ではアナと記述)がこの話の主人公です。 最初はごく普通の幸せな家族の日常でしたが、ある日突然、アナが夜中にお腹が痛いと苦しみ始めます。 両親は車で町の病院へ連れて行き、お医者さんに診て貰いますが、診断は平凡なもので、両親もその時は安心してアナを連れて帰りました・・・ しかし、その後もアナはお腹の激痛に見舞われ、嘔吐も繰り返し、悲痛な表情で訴え続けます・・・ 痛い、お腹が痛い・・・

アナの病状が一向に改善しないのでクリスティは他の病院にも行きますが、どこの医者も大したことはない、消化器系の軽い病気でしょうと言うばかりでした・・・ アナの病状は更にひどくなり、クリスティは次第に医者に対して苛立ちを憶え始め、医者に何とかして欲しいと訴え続けますが、アナはますますひどくなり、とうとうお腹が風船のように膨らんでいくのでした・・・

そんな時、クリスティはアナを診てくれていた医者から、ボストンの小児病院に消化器系の高名なお医者さんがいることを聞き、そこへ紹介の電話もして貰います。 しかし、その高名な先生には世界中から患者がやって来るので、予約がないと診て貰えないことを知るのでした・・・ 電話で問い合わせたら、予約は9ケ月先まで詰まっていました・・・ そんな中で、アナの症状は一向に良くなりません。 クリスティはもうこれ以上は待てないと、意を決してボストンの病院までアナと共に飛行機に乗って予約なしで出かけるのでした・・・

ボストンのその病院の受付では、やはり受け付けてはくれませんでした。 いろいろ症状や助けて欲しいと大きな声で話しますが、やはり無理なお願いでした・・・ クリスティとアナは仕方なく病院を後にして、あるレストランに入りました。 そこで、アナがコップの水をこぼしてしまい、近くにいた黒人のウェイトレスさんが気にしなくて大丈夫よと優しく対応してくれました。

このウェイトレスはアンジェラといい、とても明るくて朗らかで困っている人に手を差し伸べるような優しい女性でした。 アンジェラはクリスティの話を聞いて、折角だからと翌日にボストン市内の案内を勝手出てくれました。 当日、アンジェラが運転して迎えに来た車はボロボロで、ドアもちゃんと開け閉め出来ない車でした・・・ クリスティとアンナは病気の苦しみや嫌なことをしばし忘れ、明るいアンジェラと仲良しになりました。

そして、その日に最初の奇跡が起こるのです。 先程の病院から他の患者の診察がキャンセルになったので、明日に来て下さいという電話でした・・・ その病院の受付の女性がクリスティの話を聞いてから、高名な先生に頼んだのではないでしょうか?・・・

クリスティとアナは翌日、病院へ駆けつけ、小児向け消化器系の権威であるヌルコ先生の診察を初めて受けます。 結果は難病で、具体的な治療法がない病気で、そのままその病院へ入院することになりました。 クリスティはアナの介添えとしてボストンに残ることになります。

アナの治療費は高く、テキサスに残っているお父さんは金策で苦労をしているようでした・・・ 自分の好きなバイクを売ってしまいました。 残っている2人の娘ともギクシャクし始め、家族がまとまりを失い始めているようでした・・・ そこでお父さんは残りの子供2人と一緒にボストンへ見舞いへ行く決心をします。

ここで2つ目の奇跡が起こります。 お父さんがクレジットカードで航空券を買おうと、航空会社のカウンターに並んで窓口の担当者へ、そのクレジットカードを差し出すのですが、次々にエラーになってしまいます・・・ お金が足りないのです! 並んでいる他のお客からは早くしてくれといった苦情も出始めます。 その時、窓口の担当者が最後の9枚目のカードのチェック中に、機械のスイッチを一時的にOFFにして、こう言います。 「只今、機械が故障したので、手書きで処理します」と言って、航空券3枚を発行してくれたのです。 勿論、その担当者が何か3人の事情を察知して、無償で渡してくれたのです・・・

やがて、ボストンの病院に着いた3人はアナとクリスティをビックリさせると共に、家族全員で枕を使ってやんちゃを始めます。 忘れていた一家5人の絆です!

そして、ヌルコ先生は家族の力がどれほど大事かを感じ取り、アナをテキサスに戻し、自宅治療させることにしたのです。 アナのお腹は相変わらずパンパンに張ったままです・・・ しかし、それでも家族が揃って暮らす元の生活がアナにとって気持ちの変化をもたらすのです。

そんな時、上のお姉さんから庭にある大きな木に登ろうとアナは誘われます。 アナも元気な頃に登ったことがあるので、思い切ってその木に登ることにしました。 そこで、悲劇が起こります! 登っていた木の枝が折れ、その勢いで木の真ん中に空いている空洞へアナだけ真っ逆さまに落ちてしまったのです!・・・ 登っていた高さから約10メートルも落ちました・・・

アナは空洞の底に倒れたまま身動き一つしません・・・ 消防署のレスキュー隊が来て、空洞の中に隊員がロープで逆さ吊りになってアナを救い出し、息を確かめ、生きていることだけ伝えます。 アナはそのままドクターヘリで大きな病院へ運ばれます。 この光景は地元TV局も中継に来ていたほどです。

病院では一通り検査が行われ、担当医から両親はこう告げられます。 ここで3つ目の奇跡が起こります。 クリスティは医者からこう告げられます。 「検査しましたが、不思議なことに大きな傷も骨折も何もありません。擦りむいた傷があるくらいです。私も医者になって25年になりますが、こんな経験は初めてです」と・・・

それから次第にアナは元気になり、クリスティとお父さんに穴に落ちた時のことを聞かれてこう話します。 「蝶が一匹空洞の中にいたことや横たわっている自分の姿を観ている別の自分がいたこと、そして綺麗な色とりどりの花が咲き誇っている広い草原や綺麗な澄んだ池などにいる自分が見えた」と・・・

この話を聞いた時、私自身、2つの話を思い出しました・・・ 1つは俳優だった今は亡き丹波哲郎さんの霊界についての生の講演です。 「人間は死んだら細い穴のようなところを通って、やがて綺麗な花々が咲き乱れる広くて明るい場所に出ます。そこが天国です」と・・・ こんな映画の中で、全く同じ話を聞くとは思いませんでしたので、びっくりしました!・・・ その講演は30年以上前の話で、神戸のワールド記念ホールで行われた当時の会社での催しで来ていた時の話なのです。 その時に聞いた話は余りにも非現実的で衝撃的で今でも忘れられません。 天国があれば地獄もあります。 「この世は修行の場であり、その修行の場から苦しいからとか辛いからと逃げ出す人間は、あの世では無条件に地獄へ行きます。また、弱い者や年長者を敬わない人や自分だけ良ければいいという人間も地獄へ行きます。例えば、たばこのポイ捨てをやる人、これも間違いなく地獄行きです。この世は修行の場であって、どれだけ少しでも良い人間になろうと努力したかをあの世へ行ったら問われるのです!」と丹波さんは話されていました・・・ その時は驚く話ばかりでした・・・ 映画でのアナの話した様子と丹波哲郎さんの話した天国の様子が一致するのです!・・・

それからもう一人、私の知り合いなのですが重篤な病気になって、ある大学病院に入院していた時に臨死体験をしたと言うのです。 最初は冗談と思って聞いていたのですが、まじまじとその時の話をしてくれたのですが、普通なら死んでいた本人が三途の川岸にいた時に向こう岸から、おいでおいでと呼ばれたのにどうしてもこの世でやらねばならないことがあるので行きたくない行きたくないと強く念じていたら、ベッドに寝ている自分自身の姿を上から見ている自分がいて、その後にベッドで目が覚めたそうです・・・ この友人曰く、普通なら自分はそのまま病院で亡くなっていたと話していました・・・ これも不思議な話です。 当時の私はそういった話は聞いたことはありますが、直接、知り合いから聞くとは思いませんでした。 この友人の臨死体験もアナと同じ内容です・・・

不思議な話だなとは思いますが、この映画では信者であるクリスティも自分の家族だけに不幸が訪れ、神の存在に疑問を持ったようです。 子供が突然、そんな難病にかかり、回復は無理だろうと言われた後に空洞に落ち、緊急搬送されて診断の結果、怪我一つないと言われ、しかも家に帰って暮らしている内にお腹の膨らみも徐々に引っ込んでいき、最後にはボストンのヌルコ先生に検査して調べて貰ったら、症状が全部消えていたという科学では照明しがたい奇跡すら起こったのです。

後日、元気になった家族5人で以前に礼拝に訪れていた教会で、神父からその奇跡の話を皆さんの前で披露して下さいと言われて、クリスティはそのまま素直に話を始めます。 話が終わって去ろうとした時、礼拝堂の中にいた一人の女性が発言し、嘘を言っているのではないのかと言われます。 礼拝堂の中には多くのテレビ局がこの話の中継に集まっていて、クリスティは答に窮してしまいます・・・

ここで、4つ目の奇跡が起こります。 クリスティが黙っていると、一人の男性が立ち上がり、こんな話をしたのです。 「自分の娘は10歳でガンにより死んでしまいました。私は神を信じていませんでしたし娘は死を最初は恐がっていました。いかし、最後には死ぬのは恐くないと言って死んで行きました・・・」と。 そして最後に「アナとクリスティに感謝しています」と話します。 アナがボストンで入院していた時に、同室で隣のベッドに入院していた同じ年の女の子にアナが掛けていた十字架のペンダントをあげた、病室で仲良くなった友達のお父さんだったのです!・・・ 今日の話を聞きつけて、わざわざボストンから駆けつけて来たのです・・・

この映画の最後には実際の家族の動画も写っており、今もテキサスの田舎で家族5人が仲良く暮らしているものでした。 勿論、実在のアナの元気な姿もありました。

私自身も神という存在はいるのか、いないのか分かりませんし、信じているのか信じないのかも正直、分かりません。 理由は、見たことがないからです。 しかし、その存在は信じる者には神は存在するのだと思います。 つまり、神はいると信じていればそこにいて、いないと信じない人にはいないのだと思います。 もっと正確に言えば、神は自分次第だと思うのです。

皆さんも神の存在は分からないのに、神社や寺院に行って拝んだり願い事を唱えるのは、神がいないと思っていれば不思議な行為でしょ? どこかにいるかも知れないと思っているから、神頼みや願い事をするのでしょ?・・・ 私は神道なので神社に行きますが、そんな信仰心の篤い方ではありません。 ただ、神様にはお願いしても良いのですが、それよりも日頃の感謝を表す方が良いと思います。

過日もこんなことがありました。 神社に妻と出かけ、いつもように日頃の感謝を気持ちの中で伝えたその翌日、大変に嬉しい連絡があり、偶然でも感謝していると良い事が起こるのかなと改めて思った次第です。 また、感謝すると少しのことで心に余裕が生まれます。 神は存在するかしないかが重要なのではなく、自分の心に感謝の心があることが大事なのではないかと思います。 姿、形が見えるか見えないかよりも、自分の心が創り出すか創り出さないのかが神の存在なのだと思います。 そうなれば、何処にいても、どんな格好でも、どんな境遇でも、神の存在はあるのではないかと思います。 神は自分の心の中に自分の思いさえあれば、そこに存在すると思います。 観た観ないではなく、その存在を感じるのだろうと思います。 これが私の結論です。

おかしな話ですが、この「天国からの奇跡」は一見の価値があり、ひっそりと涙が流れるかも知れません。 更に、この映画の中で一家が通っていた教会の神父さん(スコット牧師)が、何とファウンダーというマクドナルドの創業者の話に出て来るマクドナルド兄弟のお兄さん役だったジョン・キャロル・リンチさんという役者さんが出ていて、これまた何の偶然かと驚きました・・・

最後に天才物理学者のアインシュタインの言葉を紹介します。 「人生には二つの道しかない。一つは奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ」と・・・ 皆さんはどう思われますか?・・・ アインシュタインはこんな言葉も遺しています。 「難しい計算式には間違いがある。真理は意外と単純な計算式で表わされる」と・・・ 流石に凄い天才です! 全てが奇跡とは・・・

最後に、私達が生きている天の川銀河系の他にも宇宙にはいろいろな銀河系が無数にあります。 その天の川銀河系には自ら光る恒星だけでも2000憶~4000億はあると云われています。 不思議ですが、これらの星がしょっちゅうぶつかりあっている訳ではありません。 太陽系ですらバランス良くぶつかりもしないで永い間にわたって存在し続けています。 これだって考えてみれば、不思議を通り越して奇跡です。 知れば知るほど、不思議なのだろうと思います。 偶然にしては無数の星があり、真面目に考えて行くと何が何やら分からなくなります。 そうです。 私達は分からない事だらけの中で生きています。 命の存在自体、これも奇跡だと私は思います。 宇宙の存在理由やどうやって出来たか、宇宙の外はどうなっているかなど、考えたらキリがありません。 アインシュタインの言葉と同じです。 知れば知るほど奇跡なんだと思います。 最後に皆さんに自問して頂きたい。 「何故、貴方は人間として生まれて来たのでしょうか???・・・・」と。 何か理由があるとは思いませんか???? 全てが偶然である訳がありません。 私はそう思っています。

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当初、今月は別のタイトルを考えていたのですが、たまたま観ていたYouーTubeで懐かしい歌手が歌っているのを観てしまい、自分の10代後半から20代始めを思い出してしまいました。その当時の友人や東京という大都会での生活や風景などが懐かしく思い出され、年を重ねた今になって懐かしい思い出となったその頃の話をさせて貰います。 私が若い頃は日本が高度成長期へ突進し始めており、経済成長と安保、ベトナム戦争と学