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  • 執筆者の写真株式会社ビジョンクリエイト

雷蔵と狂四郎 第71号

去る7月17日は知る人ぞ知る、不世出の時代劇俳優であった市川雷蔵の命日です・・・ 1969年7月17日に37歳という若さで、肝臓ガンで亡くなりました・・・ 市川雷蔵の名は眠狂四郎という、自分の生い立ちにも似た経歴を持つこの人しか演じられない唯一人の役者であったと断言します。 柴田錬三郎という作家とその作品の主人公である眠狂四郎という三と四の関係は単なる偶然だったのでしょうか・・・ 柴錬という名で親しまれたこの作家も「地べたからもの申す」という、奇妙なタイトル本に似てどこかに影があり、この二人には共通するものがあったのではないかと思ってしまいます。 作品とうものは作家自身の自己投影なのかも知れません。

私は柴錬の本ばかりを若いときに読み耽った方で、その作風である虚無感や孤独感、或いは生い立ちの非遇さ、剣客としての強さ、そしてどこかスーパースター的存在に憧れていました。 ストーリーの大筋は分かっているのに、ついつい読み耽ってしまう、そんな魅力のある作品ばかりだったように思います。 その頃の週刊誌にも、柴錬が若者の人生相談に応じるコーナーがあったのですが、その応じ方が実に面白く、私も「そりゃそうだ」なんて感じ入ったりしました。 例えば、その回答はこんな具合です。 「そんなことは俺の知ったことじゃない! アンタの人生なんだからアンタが好きなようにしたらいい。」という文面です。 私はもう拍手喝采する気持ちでした。 冷たい言葉のようだけれど、本質を突いた、実は暖かい言葉だったと思うのです・・・ こんなところが当時の若者には大いに受けていたと思います。

いずれにしても、その作品の主人公と俳優である市川雷蔵は切っても切れない、光と影のような存在に思われ、この人以外に眠狂四郎のはまり役はいなかったと確信します。 正に、作品の中の世界がそのままスクリーンに現れたのが市川雷蔵、その人だったのです。 雷蔵という一風変わった名も、彼が歌舞伎役者の家系では主流でなかったことを物語っています。 それどころか、雷蔵を名乗る歌舞伎役者もそれ以来出て来ず、如何にその名前が永久欠番的なものであるかを物語っています。

私は本来、邦画が好きではないのですが、市川雷蔵だけは別で、これ以上の役者はいなかったと思います。正に、天才だったと思います。 日常生活の中でも、一般人と役者としての姿が余りにも違っていて、街中では雷蔵と気付く人が殆どいなかったという実話に雷蔵の人柄や生き方が表れていると思います。どこか普通の銀行マンのようだったと云われているようです。 また40年近く経った今も、熱心に慕うスタッフがいるということを聞いて、とても驚かされます。 俳優としての生き方や演技、そして真摯な生き方は正に、プロ中のプロということでしょうか・・・

それにしても天才は若くして天に召されるのか、37歳という若さでした・・・ お子さんは3人いたそうで、亡くなった時は6歳(女の子)、5歳(男の子)、そして1歳(女の子)だったそうです。 入院中の病室では、子供にやつれた姿を見られるのが堪らなかったようで、そんな病室での話が残っているそうです・・・ また、どこまでもこの人らしく、その後の家族の話は全くと言っていいほど巷には漏れ聞こえて来ません。 普通なら、これほどの親ですので、子供も親の人気を笠にした生き方をしても不自然ではありませんが、そんな育て方とは一線を引いた、地味で実直な生き方を親として大事にしていたのではないでしょうか・・・

家族を大切に思う気持ちは、雷蔵自身が背負った運命を受け入れて一生懸命に生きたことと無縁ではなかったと思うのです。 生みの親、育ての親、家柄の親と3回も親が変わる人生でした。 私はここに柴錬や眠狂四郎に共通する人間の「根」を感じるのです・・・

市川雷蔵の出演作品は約15年の間に映画160本弱。 倒産した大映の最後の大スターでした。 繰り返しますが、市川雷蔵はもう2度と現れない不世出の時代劇スターなのです。

役と同じく、市川雷蔵には「影」とか「陰」が妙に似合っていて、それは湿ってはおらず、乾いており、演じる侍の姿と実にぴったり重なるのです。 言うに言われぬ色気があり、低くてよく通る声、台詞の言い回し、痩せてはいるけれど円月殺法では見事なほど刀のブレがない殺陣筋、どれもこれも眠狂四郎そのものが市川雷蔵そのものなのです。 本当に、実に惜しいかな、こんな役者は2度とは出ては来ません。 未だにBSテレビではちょこちょこ再放送をしていることからも、その人気の高さや余りにも惜しまれるその役者姿が悔やまれます。 もっと生きていて欲しかった・・・ これがファンの偽りのない気持ちです。

祇園祭りの日に亡くなったとは、妙に哀れでいつまでも忘れられない、そんな命日だと思います。家族連れで祇園祭を見に行ったこともあるそうですから、どこかで不思議な縁があるのかも知れません。 永遠のご冥福を祈ります。

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