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歌舞伎町タワー 第259号

  • 執筆者の写真: 会長
    会長
  • 2023年3月2日
  • 読了時間: 5分

更新日:2025年1月31日

本コラムの3月号執筆を忘れていた為に慌てて書いている所です。申し訳ありません。2日遅れとなりました。読者の方には大変に恐縮しております。


さて、今月のタイトルは少し妙な、それでいて分かりやすいものだと思っています。

大阪には通天閣という、電波塔だと思のですが、高いタワーが天王寺という所にあり、観光名所にもなっています。コロナ下では状況により赤色に染まっていました。大阪の人は殆ど知っている名所です。

東京にも高さ634メートルの東京スカイツリーと、確か高さは333メートルだったと思いますが東京タワーもあります。またビジネス用の高層ビルも六本木や品川、渋谷、新宿、その他にも沢山ありますね。それほど東京には高層ビルや建物が多いなと感じます。

そこに更に、繁華街の代名詞である新宿歌舞伎町のど真中に今迄と全く違うインパクトを持った複合ビルというかタワーというか、そんな建物が完成し、オープンを待っていると知りました。歌舞伎町は私にとって実に懐かしい思い出の地だったのです・・・

 

 まず、何故驚いたかというと、そのデザインが凄く(素晴らしいだけでは足りない)を観た瞬間、今まで感じたことがないデザインだったからです・・・さすが歌舞伎町です!

実は私が学生時代にこのビルが建つ前にそこにあった複合ビルで24時間勤務のアルバイトをしていた時期があったのでとても懐かしく、その場に新しいビルの凄さが重なったからです。歌舞伎町と言えば、飲み屋、飲食店、いかがわしく怪しげな店、歌声喫茶、映画館、ボーリング場、個室喫茶、カラオケ、歌舞伎町交番、大久保病院など当時は楽しい面と怖い面と二面性がある雰囲気で今とは随分違っていたと思います・・・今でも共通しているのは、道路上にゴミやたばこの吸い殻、色々な店の割引券らしきものなどが散らかっている風景でしょうか・・・しかし、当時よりゴミの量は減っています。

 そんな街の真ん中にデーンと空を見上げる建物が出来上がっていて、オープンは来月だそうですが、ホテル、映画館、イベントなどの複合施設ビルで高さは225メートル、48階建てで、最初に観た時、「ガラスの城」だと思いました。ディズニーの「アナと雪の女王」に出て来る、あの氷の城かと思いました・・・それほど私にはインパクトがありました。

場所も場所なら、建てられた建物も他にはないデザインと異次元さと高さは、本当はこれしかないと思う程ベストマッチです。周辺にある普通のビルとはアンマッチなのですが、逆にそれがこの建物を引き立てていると感じました。このビルは直ぐに歌舞伎町の名物となることでしょう・・・実際に下まで来て真上を見上げると、未来と過去が混在の街の中にその存在感が際立っており、言い知れぬ凄さというか圧倒感に魅せられてしまいました。


 歌舞伎町は昔から飲み屋街や歓楽街で今ほど健全性はなかったと思います。数多くの怪しげな飲み屋や飲食店、肉体労働者や怖いその道の方、学生、プラカードを持った呼び込み、酔っ払い、パトカー、救急車、警察官、喧嘩、ちょっと得体の知れない人、悲鳴や罵声、ゲロ吐く若い人など、こんなシーンが入り混じっていた夜の街を思い出します。

今更ながらこんな街で若いとはいえ、よくぞ24時間勤務のバイトをしていたなと思います。この街で一番驚いたのはネズミが猫位の巨大さだったことです。これが夜中に出て来ては走り回ると恐かったです・・・

それでも、今は懐かしく、当時お世話になった人達の姿や楽しい話などを思い出します。

格好よく言えば、私の青春の一ページだったのです、ここは・・・

新しいビルが注目を集めるのは間違いはなく、待ち合わせ場所とか目印になるのは間もなくです。私がバイトしていたビルも新しいビルも東急〇〇という渋谷を本拠地とする法人のものだと思います。今でもこの付近の土地勘があって、とても懐かしい街なのです。

 

 また、この高層ビルのデザインを見ていると、つくづく東京の巨大さとか洗練された感覚を思い知らされます。私が学生だった頃には新宿の高層ビルと言えば、その頃あったのは淀橋浄水場の跡地に建ち始めた京王プラザホテルだけでした。浄水場のあった広い跡地でソフトボールをした思い出も懐かしいです。京王プラザホテルの後から間を置いて周辺は変わり始めました。ビルの高さや形は違っても当時はその高さに驚かされました。今の副都心となった姿を観ると、当時の風景や話は昔話になってしまいましちゃ。今は副都心と言わず西新宿というのでしょうか?・・・隔世の感がします。

更に、新宿駅西北には当時も今も線路脇にへばりついたような飲み屋街があり、若者には安くてちょい飲みにはよい場所でした。ここだけは今も変わらないようです。また、JR新宿駅西口のロータリーの南側エリアも当時はゴチャゴチャした飲食店や喫茶店や小さな会社なども重なるように接していて、よく悪友と通ったビリヤード場が当時はあったのですが、そのあたりは特に懐かしさ倍増です。今は店も残っていません。ビリヤード場では四つ玉というゲームをやっていて、授業をさぼってはここに通っていました。本当に懐かしいです。

徐々に再開発が行われ、そのあたりに今のヨド○○カメラが出来たのもその後だったと思います。今では大型家電量販店と成長していますが、当時はカメラショップの延長みたいな規模でした。社名もその近辺が淀橋浄水場跡だったのでそこから付けたのかなと勝手に思っています。


 私の人生の中でも新宿は大きな思い出の地として心の中で生きています。歌舞伎町タワーと名付けられた高層ビルが建つのも時代といえば時代ですが、私の人生と重ねてみると、思い出がそこにずっと溜まっているように感じます。どこか寂しくてどこか戻りたい、そんな故郷に似たような感慨があります。

 

 あれから随分と時間が過ぎたのは思い出ばかりではなく、街も同じでした。

 私の中で新宿は青春時代そのものだったのです・・・戻りたい、戻れない・・・

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