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生まれて初めての入院 第210号

2019年2月7日
読了時間: 6分

更新日:2025年4月29日

今月の社長コラム発行に際しては読者の皆様にご迷惑をお掛け致しました。 実は先月後半から一昨日まで、生まれて初めての入院をしてしまいました。 場所柄、投稿する方法もなく、申し訳ないなと思いながら今日に至りました。

生まれて初めての入院体験でした・・・ 原因は高血圧によるもので、昨年春までは薬を服用していたのですが、それ 以降、面倒になり、服用を止めていたのです・・・ 実は、私は高血圧+高脂血症でもあります。 ズルズルして自分の体を放置していたら神が罰を下しました。 本当にそのとおりになりました・・・


その兆候が出たのが1月24日の夕方でした。 社員にいろいろと不満を話していたら、その時に「頭の違和感」を覚えました。 喋っている自分と、それを聞いている自分がいて、妙な違和感を感じたのです。 考えていることと話していることが違うことにも感じました・・・

その後、システム手帳を見ている時にも更に理解出来ないことが起こりました。 何と、人と約束している予約時刻の意味が理解できなくなっているのです!・・ 15:00なら午後3時なのですが、その時は表記そのものを含めてその意味が 何のことなのか全く分からなくなっていたのです!・・・ この時は、我ながら大きく動揺してしまいました・・・ 急に、時間の概念が理解できなくなっていたのです。

その日は、早めに帰宅し、ゆっくりした後で総合病院の夜間診療へ行きました。 受診時は若いお医者さんでしたが、その日の様子を伝えました。 すぐに血圧測定をして貰いました。 その時の数値を私は一生、忘れないと思います。 240-143!! 240!!??、これが私の血圧???

直ぐに、頭部CRT検査が行われ、頭の中をチェックされました。 幸いにも画像からは特に頭の中に血流が滞っているような部分はないとのことでした。 しかし、その時は頭全体が熱くて、割れるように痛かったのです・・・ 何とかしてー!!といった気分でした。 それでも、その病院では投薬も注射もなく、そのままの帰宅になりました。 帰ってからすぐに寝ましたが、最初は眠れませんでした・・・

翌朝、頭痛以外はいつもと変わらない感覚だったので、いつものように早朝、会社へ 出勤しました。 そして、いつものようにオフィス内の掃除を行い、社員の出社を待っていました・・ その時も、頭痛以外は特に変わった感じはありませんでした・・・ そして、社員が出社し始め、誰かが大丈夫ですか?とか、無理しないで下さいと言って

くれました・・・ そんなことを言われた時に、頭がガーンとなりました。 うるさいなあ!黙ってくれた方が余程楽でした・・・ 頭の中でいらつくような感覚がありました。

その時、「イラツキ」で突っ張っていた自分の気持ちがプツンと切れた瞬間でした・・・ 頑張って耐えていたものがはじけ飛びんだ瞬間でした。

そこで今度は一挙に頭痛も大きくなり、昨年まで通っていた大学病院までタクシーで行く ことになりました。 タクシーの中でも頭痛がし、気分も悪く、到着してからの待ち時間に、トイレで吐いて

しまいました・・・ 先生の受診の際に症状を話したら、その先生は更に別の先生へ電話をしていて、何か

専門語で話をしながら、相手の先生もすぐに駆けつけて来ていろいろな質問を私にして、

直ぐにベッドが運び込まれて、私に向かって「今日は帰れません。直ぐに入院です」と

言われ、ベッドと一緒に付いてきた看護師さん達にそのまま衣服を脱がされ、ベッドへ

寝かせられ、そのままどこかへ運ばれてしまいました・・・ どこへ行くんだろう??と思っていたら、その場で入院の手配指示が飛んでいました。

私にとって、生まれて初めての入院です。

不謹慎ですが、その時にはちょっと嬉しい気持ちもありました。入院なんてしたことも

ないので、何か自然と嬉しいやら楽しいやらの気持ちがありました・・・ 私自身は何が何やら分からず、ベッドの上に仰向けで天井だけが見える光景でした。

あっちの階、こっちの階、そっちのエレベーター、こっちのエレベーターといった具合 でした・・・ 最後に、SCUとか書いてある部屋に落ち着きました・・・

そこに、その日から11日も泊まりました。

私の腕には投薬用の注射の跡が何か所も残り、腰の後ろには髄液採取の注射の跡 (この注射はズキンときますね)や麻酔用注射の複数痕跡、腕には点滴用の注射針が

打たれ、心拍計、呼吸数、血圧計、こんなものが貼り付けられました。 入院とは、こんなものなんだと初めての経験を割と冷静に観察していました。 その病院は看護師さんも多く、昼の人、夜の人、それぞれのチームが幾つもあって、 さすがに大学病院は若いキビキビした看護師さんが多かったなと思います。 私はその日以降、MRIや脳関連診断やらを受診し、それ以外はベッドでひたすら 降圧剤などの点滴を受けていました・・・


担当医から今回のことについて、ご本人が自主的に早く来院されたので助かった んですよと言われました・・・(助かったあって何???・・) もし遅れていたら、脳の受けるダメージも大きくて後遺症が残ったり、体の一部が

動かなくなったりしたかも知れませんと言われました。 また、「薬は必ず飲んで下さいね」と叱られました・・・


私の部屋の両側には仕切りがあって、同じように2つのベッドがあり、そこに は私より年長の患者さんがいて、脳に何がしかの障害でも残ったのでしょうか、

一人で自分の名前を何度もゆっくり反復している患者さんがいました。 看護師さんの話では、私などまだ若い方ですよと言われ、ここでも高齢化を実感

しました・・・ 確かに横の方は80歳前後の患者さんでした。

病院の面会時間は午後から夜8時までなのですが、毎日のように来られる家族が いました。 患者さんには高齢者が多いので、自然と面会に来られる方もシニア世代で、しかも

女性が多く、しばし親子で団欒の時間になっていて、これはこれでなかなか家族は

いいものだなあと感じました。 高齢の父と娘達なのですが、とても幸せで楽しそうでした。

また、実際にいらっしゃったのですが、夜中にベッドから「オーイ!」、「オーイ!」と 自宅で誰かを呼んでいるような声を出す患者さんもいました。

何度も呼ぶので、私が代わりに看護師さんを呼んであげたこともあります。 「隣の方が呼んでいましたよ」と教えると、看護師さんは患者さんのところへ行って 「どうしたんですか?・・」、「トイレですか?・・」、「眠れないのですか?・・」 などと、声を掛けているのを聞き、介護施設のことを思い出しました・・・ これから高齢化がもっと進むので、医療施設と介護施設の違いや仕事内容も今とは

変わって来るんだろうなと、何故か自分のことのように感じました。


最後になりますが、私の至らなさで夜中にある事件を起こしてしまい、多大なご迷惑を 看護師さん達にお掛けしたことをこの場をお借りして心よりお詫び申し上げます。 翌朝、ちょっとした有名人になっていたのには赤面でした・・・

最後に、私の病室から毎日眺めていた風景のことを書いておきます。 随分と癒されました・・・ おそらく一生忘れない風景だろうと思います。 それは病院の前にあるモノレールの駅で、私の寝ていた窓から正面に見えていました。 毎日、毎日、人やモノレールやその向うの風景を子供のように眺めていました。 とても好きな風景でした。

生きていることに感謝します。


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