top of page
  • 執筆者の写真社長

Amazing Grace 第248号


人生を自分なりにここまで生きて来て、いろいろな経験を積みながら時には泣きたい気持ちもありましたが、最近は涙腺が弱り涙を浮かべることが増えて来たように感じます。俗に言う「涙腺が緩む年代」になったのでしょうか・・・それはそれで自分とっては年輪の一つだと思っています。

やはり、人生は感動や共感や憤り喜びや嬉しさがあった方が良いなと今は思います。

先日、ロシア軍によるロケット砲を打ち込まれたウクライナの子供達を観ていて、胸が締め付けられ涙したことがあります・・・

偶然にも1年程前、本コラムでウクライナを取り上げたことがあり、まさかその国が今という瞬間にも砲撃され、壊され、焼かれ、人々が生死の境にいることなどが信じられません。You-tubeでは、ウクライナやロシアの状況が動画で流れてはいますが、何も出来ない自分が居たたまれない気持ちになります。

どうして軍事大国のロシアはこんなことをするのでしょうか?・・・

一度、ウクライナ国歌を聴いてみて下さい。コサックを祖先に持つ人達であり、国歌に込められた意味がよく分かります・・・

私の好きなアフリカのライオンでも不要で無益な争いはしません。

人類は万物の長であり、人類にとって重要な事項が発生した時に大国は行動して欲しいものです。今は弱い者いじめや引くに引けない建前にしか見えません。

自然破壊、貧困、差別、食糧難、内紛、対立・・・こういった人類全体の問題について大国は地球の一員として本来は貢献して欲しいものです。

本当に人類は万物の長なのでしょうか?・・・


キリスト教

さて本論に戻りますが、今回は懺悔から生まれ変わった人の話を紹介します。

題目はAmazingGrace(アメイジング・グレース)という、有名な曲名です。

私は人が生まれ変わる輪廻があるとすれば、私の前世はイギリス、しかもスコットランドではないかと思っている話を本コラムに書きましたが、今回もイギリスの話です。

皆さんはバグパイプの音色は好きですか?

革袋の中に空気を詰めて、それを出しながらパイプを鳴らし音を出す楽器です。更に物凄く伝統的な服装で演奏しながら歩きます。

そのバグパイプを使用した曲に「Amazing Grace」という有名な曲があります。

ゴスペル音楽とは分かりやすく言えば、元々はキリスト教プロテスタント派の宗教歌ですが、作曲した場所や作曲者名は不詳で諸説があるようです。スコットランドで生まれたという説もあります。作詞はジョン・ニュートンという牧師が作詞しました。この歌詞には牧師自身の経験が強く表現されています。


イギリス連邦国のスコットランド地方では同じキリスト教でもカトリック派が多く、ブリテン島(イギリス3分の2の大きさを占める)ではプロテスタント派が多いそうです。

カトリック派はプロテスタント派より古く、戒律も厳しく昔からの宗派です。

カトリック派とは違い、そんなに厳しい戒律でなくてもいいじゃないかと枝分かれしたのがプロテスタント派です。両派ではいろいろ点で考え方や呼び方も異なります。

カトリック派では司祭を司る人に神父がいますが、プロテスタント派では牧師と言いいますわ。また、カトリック派ではキリストを生んだ聖母マリアは重要な人物ですが、プロテスタント派ではキリストだけが重要視されます。他にもいろいろと違いがありますが、それでも同じキリスト教です。


かの有名な女王エリザベス1世はプロテスタント擁護派でのイングランド王ですが、その前に女王メアリー1世がカトリック派としてイングランド女王でした。この二人の父親は奇しくも同じ父親でヘンリー8世ですが、この王は妃に男子を産ませたくて6人もの妃を娶りました。しかも謀略もいろいろとあります。

メアリーはカトリック信者であるスペイン王フェリペ2世の妃だったこともあり、熱心なカトリック派でした。メアリーとエリザベスは異母兄弟でメアリーの方が年上です。エリザベスはプロテスタント派を擁護していましたが、当初はここまでこの姉妹の仲は険悪ではありませんでしたが、宗派の対立が険悪化し対立するようになり、メアリー1世が亡くなった後に即位したエリザベス女王はプロテスタント派を擁護します。この両者共に陪臣などの暗躍もあったりしたのでよく映画で取り上げられる程の有名な話となっています。日本人にとっては同じ仏教の宗派同士が対立し、僧侶同士が暗躍し、殺したり殺されたり、牢獄へ入れられたり、王位争いで争うような話です。キリスト教の宗派は時に争いの種になり、日本人には理解しがたいです。元々はイエス・キリストに端を発しているキリスト教です。


ジョン・ニュートンと奴隷船

さて、先ほど挙げた作詞をしたジョン・ニュートンがAmazingGraceを作詞することになるにはそれなりの訳があります。

ジョンは1725年ロンドン生まれで、仕事は最初から牧師ではありませんでした。


母親は敬虔なクリスチャンで毎日、キリストへ祈る姿が鮮明にジョンの記憶に残っていたことが、人生を変えるキッカケになったのです。残念ながら、その母親はジョンが7才の時に他界しています。

父親は船員でした。ジョンが11才の時、父親から誘われて初めて地中海への航海に同行しました。13歳の時にはイギリスの軍艦に自ら志願して乗ることになりました。

更に、翌年には奴隷貿易船の船員になりました。恐らく破格のお金が魅力ではなかったかと想像します。


この奴隷船の様子ですが、黒人奴隷たちは現地で拉致された様子で、船内では人間らしい扱いも受けず、船内で感染症や栄養失調や病気などで大勢が亡くなるような状況なのにジョンは感情を持たずに、奴隷が死んだら海へ投げ捨てることも厭わない生活を送っていたようです。また、ジョンは24歳でイギリス本国で結婚もしていましたが、航海中は妻にも会えないので、ひたすら心を閉じて時が過ぎ去るのを待っていた心境だったと思います。


九死に一生

そんなある日、乗っていた奴隷船が暴風で岩礁に乗り上げ難破しそうになりました・・・

船底には穴が空き、海水がどんどん流れ込んで来て、今にも沈没するかもという時にジョンは無意識に、幼い頃の母親の姿を思い出し、無我夢中で初めて神へ心の底から助けて欲しいと祈ったそうです。

そうすると、不思議なことに船内に残っていた大きな荷物が、その穴を塞ぐように海水に押されて動き、その穴に覆い被さるように止まり、それ以上の浸水が進まない様になり、命を救われたそうです。

そんな信じられない不思議な事があったにも拘わらず、それでもジョンはその後も奴隷船に乗り続け、相変わらず黒人奴隷に同情はしても、それ以上の行動は何も起こさなかったそうです。


その座礁から6年後、一財産稼いだジョンは奴隷船を降り、体験した不思議な経験や幼い頃の母親の敬虔な姿を思い返して、自分の人生を大きく変えようと誓い、貯めていたお金で神学校へ進み、そこで牧師の資格を得ることが出来ました。

神学校へ進むまでは荒くれ男で酒を飲めば喧嘩もするし、乱れた生活をしていたそうです。

奴隷船での不思議な体験を通じて「神はそんな自分を赦してくれ、慈悲深く、有難い存在なんだと心底から感じたそうです。

やがてジョンは80歳を過ぎるまでキリストの教えを人々へ伝えていったそうです。


その曲を紹介します

ジョンが作詞した歌詞は神への慈悲深さやその感謝の気持ちや、自分の生き方で気付いたことなどを表現しています。イギリスで生まれた曲なので、バブパイプ演奏にも合うし、私の好きな故グレン・キャンベルもバブパイプで演奏もしています。

このバグパイプは哀愁のある高い音色で独特の良さがあります。

アメリカでは、従軍兵士が不幸にも亡くなって、家族の元へ帰還した際にも演奏されたりします。本当に神とか人とか神聖な感じがします。


私はキリスト教徒ではありませんが、こんなことを考えます。

人は誰でもいつかは必ず死ぬということです。

必ず死ぬのですから、その時へ向かって休まずに進んでいることにもなります。

そのように考えると、時間と自分を大切にして一生懸命に生きることが大切なのではないかと思います。

これこそ、何人にも共通する人生の生きる意味ではないでしょうか?・・・

幾ら、お金や地位や権力があろうとも、死ぬ時は裸一つでこの世を去るのです。

誰一人として家や山や土地やお金をあの世に一緒には持って行けないのです。

だからこそ、命は命そのものが尊く、自分も人様も粗雑に扱ったらいけないと思うのです。


最後に下記URLをご参照下さい。私が大好きだった故グレン・キャンベルがこの曲を歌っていますのでお聞き下さい。一部、歌詞が異なっている点はご容赦下さい。


Amazing Grace, How sweet the sound 物凄い神の恵み、なんて美しい音色なんだ

That saved a wretch like me 私のような情けない人間を救ってくれた

I once was lost, but now am found    一度は道に迷ったが、今ははっきり分かるWas blind but now I see         今まで迷ったけれど、今ははっきり分かる

T’was Grace that taught my heart to fear神の恵みが私に恐れることを教えてくれた

And Grace, my fears relieved      神の恵みが私の恐れを解き放ってくれた

How precious did that grace appear   どんなに素晴らしい恵みなんだろう

The hour I first believed 初めて信じた時に

Through many dangers, toils and snares 多くの危険や苦労や誘惑を超えて

We have already come.         ここまで来ることが出来た

T’was grace that brought us safe thus far神の恵みが私達を安全な所へ導いてくれた

And grace will lead us home,      その恵みは私達を導いてくれる

And grace will lead us home       その恵みは私達を導いてくれる

Amazing grace, Howe Sweet the sound 物凄い神の恵み、なんて美しい音色なんだ

That saved a wretch like me       私のような情けない人間を救ってくれた

I once was lost but now am found 一度は道に迷ったが、今ははっきり分かる

T’was blind but now I see 今まで迷ったけれど、今ははっきり分かる

Was blind, but now I see. 今まで迷ったけれど、今ははっきり分かる

最新記事

すべて表示

初詣 第270号

新年が明けて早々に体調を壊し、結局は初詣にも行けず、中旬になってからや っと遠方にある神社へ参拝して来ました。例年なら近くの神社へ詣でるのです が、今回は奈良県にある葛城一言主神社へお参りして来ました。 この神社は、お願い事は「一つだけ」という神社で、今までにも何回か参拝し ています。気に入っているのは何と言っても田舎の自然の中にあるがままにあ るような佇まいで、私にはとてもいい感じの神社なのです

海雲台 第269号

西暦2024年、和暦で令和6年、干支は辰、うるう年の一年が始まりました。 俗説として大きな出来事が起こる年だと言われているそうですが、永く低迷している日本経済が好転して行くのか、政治が良くなるのか、何が起こるのか想像がつきませんが、少なくとも日本経済が上向いて行くことを期待したいです。 国の基盤は何といっても経済です。先進諸国内で低下しつつある日本経済や各種指数が上向いて行くことを期待したいです。

お母さんのお弁当 第268号

今から話す逸話は嘘の話ではなく本当の話です。その話をどこで聞いたかと言うとラジオ放送で、東京のある高級レストランのオーナーシェフの話でした・・・ 何年か前の放送でもあり、細かい部分までは正確ではないかも知れませんが、少なくとも大筋は今でも憶えている話です。 東京のある高級レストランへ良く食事に来られていた、お金持ちの家の娘さんの話でした。そのレストランは恵比寿か目黒あたりだったでしょうか・・・ 一

bottom of page